第61話 光溢れる深緑の間
扉へ歩み寄ったミアは、手にした短刀をそっと窪みに嵌め込んだ。
短刀に形取られた溝が窪みと噛み合った瞬間、帝国の遺跡と同様に厳かな声が頭に響く。
『星の根源に選ばれし者よ。中へ入られよ。』
その声は帝国の地下遺跡で聞いたものと似ているものの、どこか柔らかく、深い森の奥から響くような温もりがあった。
やがて、重い唸りを上げながら光に包まれた扉は、端からゆっくりと微細な粒子となって溶けるように短刀へ収束される。
短刀は全ての粒子をその身に収めると、そのままミアの手元へとそっと戻った。
その先に広がる空間を見た五人は、信じられない光景に息を呑んで立ち尽くした。
そこに広がっていたのは──
とても地下とは思えない緑の世界。
眩しいほどの翡翠の光が視界を満たし、草木の香りが鼻から身体へ抜けていく。
床一面には草や木の根が絨毯のように生い茂り、壁は苔と蔓植物に覆われ、まるで生きた森の内部に迷い込んだかのようだった。
「こんなことが……あり得るのか?」
リリアが目を見開いて思わず声を漏らす。
深緑の間に漂う風はミアたちの頬を優しく撫でていく。
そのほのかな温もりに、張り詰めた五人の胸は柔らかさを取り戻した。
「きれい……」
ミアは思わず声を漏らす。
先ほどまでの緊張が嘘のように、心が静かに澄んでいくのを感じた。
「要石に、これほどの力があるなんて……」
アストはただ圧倒されるように呟く。
「素晴らしい……
まるで生命そのものが満ちているようだ……」
レオンも未知の力に目を奪われていた。
ルシアナは草花に触れて呟いた。
「古代では……地上にもこんな景色が溢れていたのだろうか……」
「そうかもしれない。もしそうなら──
なんとしても、僕たちで取り戻そう。」
周囲を見渡し、アストは決意を口にする。
「ああ……そうだな。」
ルシアナは表情を引き締めて深く頷いた。
アストとレオンは壁に近づき、苔や蔓を慎重に掻き分ける。
その下には、ドワーガの地下遺跡と同様に古代文字が刻まれていた。
『ここに眠るのは、自然の循環を司る要石』
「こちらは自然の循環か……」
レオンが指で文字をなぞりながら呟いた。
「魔力の循環と自然の循環……
星の環境は、要石によって成り立っているのか……?」
そう言ってリリアは古代の文字を見つめる。
これまで誰も知り得なかった星の真実が、徐々に明らかとなっていく。
しかし、役割を持つ要石とそれらを守る守護者の存在は新たな謎も孕んでいた。
そしてそれぞれの種族が、守護者を神として崇めていたということは、守護者は人類に何かしら関わっていた可能性もある。
「全能の神じゃなくて、役割を与えられた神か……
しかも古代の人類にとっては現代とは違って近しい存在だった……?」
アストは独り言のように疑問を漏らした。
五人がそれぞれに思考を巡らせながら、部屋の中央へ視線を向けると、そこにはドワーガの地下遺跡と同様に“祭壇”が佇んでいた。
最古のものと思われるその祭壇には、石を守るように抱く石像が横たわっている。
アストはミアの手を取ると、ゆっくりと祭壇へ上がり石像に歩み寄った。
「……ミア。何か、声は聞こえるか?」
ミアは目を閉じて耳を澄ませる。
そして、小さく頷いた。
「うん。“手に取りなさい”って……」
アストは息を呑み、ミアの手をそっと離す。
ミアは両手を伸ばして祭壇の石に触れた。
──その瞬間。
石は深緑の光を放ちながらふわりと宙に浮かび上がり、同時にミアが手にしていた短刀も光を放ち始めた。
短刀は前回と同じように光の粒となって霧散し、その粒はミアの額へと吸い込まれていく。
やがて額の紋章が輝きを強め、ミアの身体は若葉のような淡い緑の光に包まれた。
「ミア……大丈夫か?」
アストは思わず駆け寄る。
ミアはふわりと微笑んだ。
「うん、大丈夫。
胸の中が透き通るみたいに心地いいよ。」
そう言うと、ミアは胸の前で両手を組んで静かに目を閉じた。
次の瞬間──
ミアの放つ光が脈動し、部屋全体が呼応するように輝き始めると、淡く光を帯びた草木が茎や根を伸ばして葉を増やす。
壁を覆う苔は色を深め、蔓植物はさらに複雑に絡み合い、まるで“生命そのもの”が息を吹き返すようだった。
「……植物から、生命力が溢れている……」
リリアはその光景に息を呑んだ。
「この力があれば……
地上にも、緑を取り戻せるのでは……?」
ルシアナは期待の声を漏らした。
その祈るような声は、深緑を湛える空間に溶けるように響き渡った。
ミアの光はなおも脈動し、部屋全体に溢れる小さな生命たちを祝福するかのようだった。
「これが、救済者の力……?」
浮かび上がる要石を見つめて立ち尽くすアスト。
彼は期待に胸を膨らませつつも、なぜか胸のつかえがとれないような不快な違和感を拭えずにいた。




