第60話 向き合うべき起源
長い通路は夜明け前の空がゆっくりと白み始めるように、淡く揺らぐ翡翠の光に照らされていた。
その壁面や床には薄く苔が張り付いており、陽光が届くことのない地下深くで、なぜ植物が生きていられるのかという疑問が浮かぶ。
「こんな場所で苔が……この光の影響か?」
ルシアナが指先で苔をつまみ呟いた。
「たしかに……普通じゃないな。」
アストも怪訝な表情で壁面を見つめた。
レオンは興味を抑えきれずに目を輝かせる。
「これは貴重な植物かもしれん。
一部を持ち帰って、調べたいところだな。」
二人が苔をそっと削り取ると、その下から古い石肌が現れた。
そこには、細かな線で描かれた文字のような模様が刻まれている。
ドワーガ帝国の地下遺跡で見たものと似ているが、こちらはより柔らかく、どこか自然の流れを思わせる丸みを帯びたものが多い。
「これは……禁書にあった内容と似ているな。
──だが、こちらの方が詳細に描かれているようだ。」
リリアが壁に手を添えて呟いた。
彼女は刻まれた文様を指でなぞり、ゆっくりと読み上げる。
「“我らはエルフの民。
知恵深き星の使徒より神聖なる魔術の基礎を授かりし者”……か。」
その声には、好奇心とともにどこか哀しみが混じっていた。
「分かってはいたことだが……
やはり、我々の疎ましき起源は真実なのだな。」
リリアは小さく息を吐いて視線を落とした。
その言葉には、常に気高く振る舞う彼女とは思えない弱さが滲んでいた。
そんな彼女の肩にそっと手を添えたアストは、その弱さを包むように告げた。
「始まりがどうであれ、今のエルフを形作っているのはリリアさんたち自身です。
それに、あなたは全てを受け入れて、変わろうとしている。
そんなこと、他の誰でもない、リリアさんにしかできませんよ。」
「アスト……」
リリアの瞳が微かに揺れる。
エルフの犯した罪──
リリアの胸を重く締め付けていたその鎖が、ゆっくりとほどけていくように感じられた。
「そうです!
リリア様は一人じゃありません!」
ルシアナが胸に拳をあて、力強く言い切る。
「うん……私も頑張るから。
まだ、ちょっと怖いけど……」
ミアは苦笑いを浮かべながらも、しっかりと前を向いていた。
リリアは表情を和らげてふわりと微笑む。
「ああ。そうだな……
弱気になっている暇などなかったな。」
その時──
「みんな、これを見てくれ。」
レオンが別の部分を指差して声を上げた。
アストたちが集まると、レオンは興奮を抑えきれない様子で語り始めた。
「やはり、ドワーフたちと同じだ……
エルフもティリスの影響を受けて急激に発展したようだ。」
リリアは口元に手を添えてそっと呟く。
「星の民ティリスか……
やはり、彼らはエルフやドワーフとは一線を画す存在ということか。」
彼女の言葉に、レオンも頷きながら話を続けた。
「ええ。ここに描かれている古代エルフたち……
彼らの生活は、今よりずっと慎ましく、自然と共にあったらしい。」
五人は、壁画から伝わるティリスの謎めいた知識や技術を前に息を呑んだ。
しばらくの静寂が続いたのち、リリアが一つの考えを口にした。
「それにしてもこの苔と、通路全体に満ちる光……
もしや、この光には自然を育む力があるのだろうか。
魔力を司る石があったとなると、この光の源は──要石かもしれんな。」
レオンは通路の奥を見据え、静かに呟いた。
「だとすれば、この先に……
二つ目の要石がある可能性が高いですね。」
五人は互いに頷き合い、慎重に通路の奥へと歩を進める。
進むにつれて強さを増す翡翠の光は、まるで彼らを導くかのように、柔らかな輝きで足元を照らしていた。
やがて──
視界の先に、重厚な扉が姿を現した。
扉の奥からは、静かに脈動する神秘の気配が緩やかに漂っている。
その気配が肌に触れた瞬間、アストは言葉にし難い胸のざわめきを覚えた。
頑強な石で作られたその扉は、深緑の苔に覆われているにもかかわらず、どこか神聖な気配を放っている。
扉の中央には、ドワーガの地下遺跡と同じく“短刀の形をした窪み”が刻まれていた。
「……やはり、ここにもあったか。」
レオンは窪みを見つめ呟いた。
驚くことに、扉の周囲には草や蔓が敷き詰められるように生い茂っていた。
現代の地上では、滅多に見られない青々とした希少な植物ばかりだ。
「こんな地下で、どうやって……?」
ミアが驚きの声を漏らす。
「神石の力が漏れ出ているのかもしれん。」
リリアが草木に触れながら言った。
アストは胸の奥に広がる期待と不安を押し殺しながら、扉を見つめる。
この先にあると思われる二つ目の要石は、一体どんな力を秘めているのか。
並び立つ彼らの胸には、さらなる真実への期待と、世界が辿る未来への不安が複雑に絡み合っていた。
一つだけ確かなことは、この扉の先に、彼らが求め続けてきた“答えの一端”が眠っているということだけ。
アストは鞄から短刀を取り出す。
そして、そっとミアに手渡した。
「……行こう。」
「……うん。」
扉から漏れる光に照らされながら、ミアは手にした短刀を握りしめて静かに頷いた。




