第59話 祭壇の役割
聖域には静謐な空気が漂い、辺りを照らす澄んだ光は、まるで天から降り注ぐ祝福を思わせた。
リリアが掲げる錫杖を揺らすたび、先端に宿る光は鱗粉のように舞い、祭壇の周囲をゆっくりと漂っている。
その光景は、まるで星々が地上へ舞い降り、戯れているようにも見えた。
祈りが終わりに近づくと、リリアは静かに目を開き、掲げた錫杖をゆっくりと下ろす。
その合図を受けたミアは静かに立ち上がると、緊張でわずかに震える指先を胸元でそっと握りしめ、壁画に描かれた巨大な天使へと向き直った。
──事前に何度も練習した祈りの言葉。
ミアは小さく息を整え、静かに言葉を紡ぐ。
「……星を抱きし救済の徒よ。
我が身命をもって、民を導く光とならんことを……」
その声は微かに震えていたが、堂々と胸を張るミアの姿に、アストは誇らしげに微笑んだ。
壁画の天使は無言のまま、ミアの成長を祝福するようにそっと見下ろしていた。
祈りは終わり、聖域の空気が柔らかさを取り戻す。
こうして聖王即位式は滞りなく閉式し、ミアは安堵で深く息を吐きながらそっと胸を撫で下ろした。
「立派だったぞ、ミア。」
リリアがそっと肩に手を置く。
「一生分くらい緊張しちゃった。」
ミアは照れくさそうに微笑んだ。
──その時だった。
「あれ……」
アストは何かに気づき、ふとミアの足元に視線を落とした。
祭壇の床に刻まれた魔法陣のような模様が、淡い翡翠色の光を帯びている。
「……光ってる、のか?」
アストは思わず声に出した。
ミアの祈りの言葉に反応したかのように、魔法陣は微かに脈動し淡く明滅している。
その光景を見た瞬間、アストの脳裏にある記憶がよぎった。
ルベリオス家の禁書。そして、鍵と封印──
アストはリリアのもとへ歩み寄り、声を潜めて尋ねた。
「リリアさん。禁書のことでちょっと……
以前、鍵の他に“封印”が施されていると言っていましたよね?」
突然の質問にリリアは少し驚きつつも、すぐに彼の話に耳を傾ける。
「急にどうした?
確かに禁書庫には鍵の他に……
ルベリオス家に伝わる封印が施されていたが。」
「その封印……
祈りや祝詞で開く仕組みではありませんか?」
そう言って、祭壇の魔法陣を指し示すアスト。
それを聞いたリリアも、その意味を察して息を呑んだ。
「……まさか……この聖域にも同じ封印が?」
「はい。恐らくですが……
魔法陣がその封印で、祭壇そのものが地下遺跡への入り口かもしれません。」
「なんということだ……
まさか、聖域そのものが……?」
リリアは驚きを隠せず唖然とする。
だが、彼女はすぐに表情を引き締めて祭壇を見据えた。
「……とにかくやってみよう。」
リリアは祭壇へ歩み寄ると魔法陣の手前に立つ。
そして再び手にした錫杖を掲げ、静かに目を閉じて祈り始めた。
「──我は聖なる地の守護者。
何者をも拒む盾を収め、我が願いに応えよ。」
リリアが祝詞に魔力を込める。
すると魔法陣は翡翠色の光を強め、まるで生き物のように脈動し始めた。
光は祭壇の縁から石段へと染み渡るように広がり、聖域全体が淡い光に包まれる。
次の瞬間──
低い唸りが祭壇全体を揺らし始め、石が擦れる重い音が聖域に響き渡る。
その音とともに、魔法陣が描かれた床が中心から左右へゆっくりと開いていく。
口を開けたその奥からは、暗闇へと続く長い階段が現れた。
帝国側の地下遺跡へ続いていた通路とよく似ているが、こちらは苔むした古代の香りと神聖な気配を纏っている。
壁には無数の文字や壁画が刻まれていた。
それらは帝国側で見た文様とは異なるものだったが、古代ドワーフのものと同様に古代エルフの営みが描かれている。
その光景にレオンは目を見開き、興奮を抑えきれずに呟いた。
「……信じられない。
エルフたちが守ってきた聖域に、こんな通路が隠されていたとは……!」
「この先に……
二つ目の要石があるかもしれない。」
レオン同様、アストも胸の高鳴りを抑えられなかった。
二人が落ち着きのない様子を見せると、リリアも彼らと同じく胸を高鳴らせて深く頷いた。
「これが聖域の……
この祭壇の本来の役割という訳か……」
その一部始終を眺めていたシルベリアとエラルドも、驚きを隠せない様子で祭壇を見上げたまま呟く。
「まさか、こんな秘密があるなんて……
私、とんでもない場面に立ち会っちゃったわねぇ……」
「我らも聖王国の行く末を担う者だ。
何が起きようとも、受け止めるべきだろう。」
早速奥へ進むことを決めたアストたちは、貴人二人の護衛も兼ね、レイナード、ハンス、カンナを万が一に備えて聖域に残すことにした。
そしてアスト、ミア、リリア、ルシアナ、レオンの五人は古代の階段へ慎重に足を踏み入れる。
深い階段を降りると、先が見通せないほど長い通路を淡い翡翠の光が照らしていた。
壁に刻まれた文様は進むにつれて複雑さを増し、まるで何かを語りかけてくるようにも感じられる。
彼らは胸の奥に不安と期待を抱きつつも、誰も足を止めようとはしなかった。
古代の導きが、まるで彼らを誘うようにその足を前へと進ませていた。




