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第58話 聖王即位式

 “魔循石”を持ち帰った翌朝。


 聖王国の大聖堂は、いつもより静かで、どこか張り詰めた空気に包まれている。

 そんな中、大聖堂の奥にある別室では女性たちが集まり、ミアの聖王即位式に向けた準備が進められていた。


 ミアの周りには、厳かに飾られた法衣や装飾品が広げられている。

 青白を基調とした聖王儀法衣は、聖王だけが身に纏うことを許されたもの。

 胸元には星を象った刺繍が施され、袖口には淡い金糸が流れるように縫い込まれている。


 まるで人形のように鏡の前に立つミアに、周りを囲む神官たちが几帳面に衣を重ねていく。

 リリア、ルシアナ、カンナがその様子を見守りながら、彼女の晴れ姿に息を呑んだ。


 「緊張しているのか?」


 リリアがそっとミアの肩に手を置き、優しく声をかけた。

 ミアは鏡に写る自身の姿を眺めて小さく頷くと、少し眉を寄せて視線を落とす。


 「うん、少しだけ……

  みんなに受け入れてもらえるのか、ちょっと心配……」


 リリアはふわりと柔らかく微笑み、不安げに声を漏らすミアの頭をそっと撫でた。


 「そうだな。だが、大丈夫だ。

  国民は、“救済者”の来訪を心から喜んでいる。

  それに、実際に祈りを捧げるのは私だ。

  ミアはただ、私を見守ってやるくらいの気持ちでいればいい。」


 冗談めかして言うリリア。

 その言葉に、ミアの表情は少し和らいだ。


 「ふふ。ありがとう、リリアさん。」


 その横でルシアナは腕を組みながら頷いた。

 カンナも明るい笑みを浮かべて続く。


 「私たちも見守っているからな。」


 「頑張ってくださいね、ミアちゃん!」


 三人に励まされたミアは、照れくさそうに微笑んだ。

 だが彼女には、もう一つ気がかりなことが胸につかえたままになっていた。


 「前の聖王様……

  これから、どうなっちゃうのかな……」


 ミアがぽつりと呟くと、リリアは彼女の前に跪き、その目を見据えてそっと告げた。


 「その件は安心していい。

  ハンスの伝で、アルヴェリアのオリバー殿に話をつけた。

  名を変え、向こうで一般市民として暮らす手筈になっている。」


 「ほんとに!?

  ふふ、そっか!よかった!」


 ミアは心のつかえが取れたように、晴れやかな笑みをこぼした。

 そんな優しいミアを見て、リリアも誇らしげに笑みを浮かべていた。


 ミアの準備が整い終わる頃──


 大聖堂の扉が静かに開き、二人の貴人とレイナードが姿を現した。

 アイゼンゴート家当主のシルベリアと、ハーゲンシュタイン家当主のエラルド。

 先の宣言の折、特権制度は廃止されたが、今もなお政治の中枢を担う当主たちだ。


 二人は聖王国の“内政”と“外交”を司る家系で、内乱の際は非武装ゆえに静観せざるを得なかった。

 だが内乱が治まり、聖王即位式を執り行うとの知らせを受けて駆けつけたのだった。


 シルベリアは優雅に裾を揺らしながら近づくと、柔らかく微笑んだ。


 「ご挨拶が遅れてごめんなさいねぇ。

  私はアイゼンゴート家当主、シルベリアと申します。ミア様、以後お見知り置きを。」


 シルベリアに続き、エラルドが落ち着いた声で挨拶を重ねる。


 「私はハーゲンシュタイン家当主、エラルドだ。よろしく頼む。」


 二人はミアの前で跪き、そっと手を取ると、額を手の甲へと触れた。

 それは聖王に対する最大級の敬意を示す、この国の古い礼法だった。


 突然のことにミアは戸惑い、思わず後ずさりしそうになる。

 そんなミアの肩をリリアは支え、優しく耳元で囁いた。


 「ふふ。驚くのも無理はない。

  これは形式的な挨拶だ。気を遣わなくていい。」


 シルベリアも柔らかく笑う。

 「そうよぉ。仲良くしましょうね、ミア様。」


 エラルドも穏やかに頷いた。

 「困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。」


 ミアの緊張も少し解れ、背筋を整えると丁寧に頭を下げた。


 「は、はい……

  ミアと申します。よろしくお願いします。」


 「みんなずるいじゃないかぁ。

  僕も、可愛い聖王様にご挨拶させていただこうかな?」


 「お前はもう必要なかろう。」


 レイナードとリリアの軽妙なやりとりが場の空気を和ませ、ミアは口元に手を添えながら小さく肩を震わせて笑顔を見せる。

 その様子を見ていたアストたちも、二人の貴人と丁寧に挨拶を交わした。


 一通りの準備や挨拶を終えた一行は、大型の聖導船へ乗り込み、聖王国が聖域と崇める古代の遺跡へと向かった。

 聖王国から少し離れた北東に広がる森は、聖域付近での道が整備されており、木々に囲まれた静かな丘の上にその聖域は佇んでいた。


 古代の遺跡を基に整えられたその場所は、外界とは異なる澄んだ空気に満ちている。

 木々の隙間を飛び交う鳥がさえずり、緩やかな風の音が優しく響き渡っていた。


 「……ここが、聖域……?」


 荘厳な佇まいの石門を前に、ミアは思わず息を呑んだ。

 石門を通り抜けて中へ進むと、壁一面に祝福を込めた聖法紋が刻まれ、中央には厳かに飾られた祭壇がそっと佇んでいる。

 そして正面の壁には、救済者と思われる巨大な天使が、星を模した円環を抱く壁画が描かれていた。


 ミアはゆっくりと祭壇へ上がり、リリアに促されてその壁画に向かって跪いた。

 そのまま彼女の周囲を、レイナード、シルベリア、エラルドが取り囲む。


 最後にリリアがミアのすぐ後ろに立つと、煌びやかに飾られた錫杖を高く掲げる。

 場の空気を引き締めるように飾りの音がシャンと鳴ると、聖域は静寂に満たされた。


 やがて──

 リリアの祈りが静かに響き始める。


 その透き通る澄んだ声は、聖域の空気を心地よく震わせていく。

 アストはその響きを身体に感じながら、込み上げる胸の熱を確かめるように静かに目を閉じた。


 「綺麗だ……」

 アストは自然と囁いた。


 その様は、まるで女神の讃美歌──


 リリアの祈りは、星そのものへ語りかけるような神聖さを帯びていた。

 背に伝わる彼女の声に包まれるミアは、静かに目を閉じると、その身を委ねるように深呼吸をする。


 神聖な気配に包まれる中──

 ミアの聖王即位の儀は、壁画の天使に見守られながら静かに執り行われた。



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