第56話 真実の一端
療護室でのやりとりから二日後。
ミアの力による応急処置と、聖王国が誇る高度な治癒魔術の甲斐あって、アストの傷はようやく痛みが引くほどに回復していた。
アストの回復を確認し、安堵の表情を浮かべて静かに頷くリリア。
そのまま彼女はそっと手を伸ばし、アストの首元に首飾りをかけた。
「アスト、これを常に身につけておけ。」
それは青白色に煌めく聖石を湛えていた。
アストやミアを守ると誓った、リリアの強い意志が込められているようだった。
「これは……?」
「聖銀の首飾りだ。
お前の魔力でも、銀短剣を作れるように調整してある。
何があるかわからんからな。万が一の時はそれで自分とミアを守れ。」
「え!?僕なんかにそんな……」
「構わん。お前のために用意したものだ。」
アストの目を見つめながら、リリアは力強く言った。
彼は驚きつつも、込み上げる熱を確かめるように首飾りに手を当てた。
「……はい。大切にします。」
「もう身体は問題ないのかい?」
復興で騎士団の采配に奔走するレイナードも、この日は顔を見せていた。
アストは、身体の奥に残る鈍い痛みを確かめながら深く息を吐いた。
「……大丈夫です。行けます。」
「よかったね、アスト。」
ミアはアストの顔を見上げ、安心したように微笑む。
リリアはレイナードとアローナに聖王国の復興と雑務を任せ、アストたちに同行することを決めていた。
そこへレオン、ハンス、ルシアナ、カンナも加わり、七人は早速ドワーガ帝国の地下遺跡へと向かった。
◆◆◆
──そして。
七人は今、帝国地下遺跡を閉ざす巨大な石扉の前に立っていた。
黒鉄に似た巨岩の扉は、硬く、重く閉ざされている。
先へ進む者を拒むかのように、佇むその圧倒的な威圧感に誰もが息を呑んだ。
「……圧巻だな……」
リリアが扉を見上げて声を漏らす。
ミアは戸惑いながら勇気を振り絞って一歩前へ進むが、胸の奥には言葉にならない重さを感じ、指先を微かに震わせる。
そんな彼女を支えるように寄り添うアストは、その震える手に短刀を模した鍵をそっと手渡した。
「ミア、大丈夫。僕たちがいる。」
ミアは小さく頷き、鍵を手に取った。
彼女はゆっくりと扉に近づき、震える手で鍵を窪みへ嵌め込む。
──その瞬間。
厳かな声が響き渡った。
『星の根源に選ばれし者よ。中へ入られよ。』
アストたちは、“選ばれし者”がミアであったことに安堵する。
しかしその一方で、レオンだけは未だ影すら見せない“調停者”の存在に、言葉にできない胸のざわつきを感じていた。
「救済者が選ばれし者……
だとしたら、調停者は何者なんだ……?」
誰の耳にも届かない声で囁くレオン。
その声を掻き消すように、扉が重々しく唸り始めた。
すると突然、巨大な扉は淡く光り始め、徐々に砂よりも細かい粒子となって舞い上がる。
「な、なんだ……!?」
レオンは声を上げて一歩後ずさった。
「あの扉が一瞬で砂塵に……」
彼の横でリリアも目を見開いて立ち尽くす。
舞い上がった粒子はそのまま鍵へと収束し、気づけば堅固な扉は跡形もなく消えていた。
浮き上がったままの鍵はミアの手元に戻る。
そして、大きく口を開けた奥の空間からは、冷たく不気味な風が吹き抜けた。
その空間を満たす空気は濃い魔力を帯び、どこか淀んでいる気さえした。
「すごい……」
「ああ……なんて空気だ……」
ミアとアストは思わず息を呑む。
扉の奥は無機質な空間が広がっており、やはり誰も立ち入ったことはないようだった。
そして中央には、この辺りでは最古のものと思われる祭壇が静かに佇んでいる。
レオンは魔力灯を掲げると、壁には古代語らしき文字が刻まれていた。
リリアもその隣に立ち、刻まれた古代文字をゆっくりと読み解いていく。
「これは……」
『ここに眠るのは、魔力の循環を司る要石』
「要石……
守護者が守るものがここに……?」
ルシアナは辺りを見回して呟く。
アストとミアは祭壇へと歩み寄った。
中央には、鍵を内包していた守護者に似た石像が横たわっている。
両手を胸に当て、まるで宝物を抱くように“紫紺に染まる石”を抱えていた。
「これが、要石……?」
アストは少し警戒したように呟く。
すると、ミアがこめかみに手を添えて言った。
「……手に取れって……聞こえる……」
「気をつけろ、ミア。」
アストは息を呑み、そっとミアの肩に手を置いた。
小さく頷いたミアは、恐る恐る石像が抱く石へと手を伸ばす。
そして彼女の手が石に触れた瞬間──
石は眩い紫紺の光を放ち、ふわりと浮かび上がった。
「……っ……!」
ミアは思わず後ずさるが、アストが支える。
すると石の光に呼応するように、ミアが手にしていた鍵も光を放ち始めた。
鍵は役目を終えたかのように、光の粒となって霧のように舞い上がる。
そしてそのまま、鍵はミアの額の紋章へと吸い込まれていった。
すぐさま、紋章が光を放つ──
その輝きに呼応するように、ミアの周囲が微かに赤く色づいていく。
それは、彼女の身体を守るように渦巻きながらこの空間を揺らし、遺跡全体を震わせた。
「た、大気魔力が……
視認できるほど濃くなっているのか……?」
リリアが驚嘆の声を漏らす。
「……っ!?」
アストは義手に違和感を覚えた。
同じくハンスの義肢にも異変が起こり、震えながら魔蒸気を吹き上げ始めた。
さらには、リリアやルシアナの籠手に埋め込まれた聖石も震え出し、淡く明滅し始める。
「な、なんだこれは……!」
ハンスが思わず声を上げる。
「魔力が……増長している……?」
聖炎の籠手を確かめるルシアナは、微かに声を震わせる。
「ミアは大丈夫か!?
何か、身体に違和感は……!?」
アストが慌てて声をかけると、ミアは胸に手を当てて静かに答えた。
「う、うん……私は大丈夫。
ただ、力が……強くなってるみたい……
少し怖いけど……変な感じはしない、かな。」
ミアは手を微かに震わせながら、心配をかけまいと微笑んだ。
その微笑みと同時に、アストたちの義肢や聖導武具の異変は静かに落ち着きを取り戻す。
他の五人もミアの元に駆け寄り、リリアが彼女の肩に手を添える。
「本当に大丈夫か?
──何かあればすぐに言うのだぞ。」
「うん。ありがとう、リリアさん。」
心配そうに険しい表情を浮かべるリリア。
その優しさに、ミアの震える胸は徐々に和らいでいった。
レオンは浮んだままの要石を見つめた。
「魔力を司るとは、どういう……」
彼が言いかけたその時──
再びあの声が響き渡った。
『それは星の要の一つである、“魔循石”。
この星を包む魔力の循環を司る星の片割れ。
星に選ばれし者よ──その要石を星核に捧げよ。』
その声を受け、アストは静かに呟いた。
「だから、大気魔力がミアに反応したのか……
鍵にも要石と同じ性質の力が宿っていたのか……?」
「造られた痕跡のない鍵……
力そのものが、形を成していたというのか……?」
リリアはそう口にしながらも、自身の言葉に確信を持てずにいた。
「捧げろと言われてもな……
そもそも、星核とはなんだ……?」
ハンスが眉間に皺を寄せる。
彼の問いにレオンは俯き、口元に手を当てて考え込んだ。
「恐らく……
入る時に言っていた、“星の根源”のことでしょう。」
「星核に捧げるとは……どうやって……?」
「要石を捧げたとして……
その後は……世界はどうなるんです……?」
ルシアナとカンナも、続けて疑問を投げかける。
しかし声は沈黙したまま、まるで“迷え”と言わんばかりに鳴り止んだ。
「だんまりか。意地の悪い……」
不快そうに呟くハンス。
その横で、レオンは祭壇を見つめながら声を漏らす。
「新たな発見は……
新たな謎を深めるばかりだな……」
その場で立ち尽くすアストたち──
七人を怪しく照らす“魔循石”の紫根の光は、まるで彼らの“迷い”を嘲笑うかのように輝き続けていた。




