第55話 選ばれし者
聖王国へ向け、レオンたちが走る頃──
アストとミアは、久しぶりに二人だけの時間を過ごしていた。
療護室の窓から差し込む陽光は柔らかく、外の喧騒から離れた室内には静かな空気が流れていた。
「……なんだか、こうしてゆっくり話すのって久しぶりだね。」
そう言ってミアが微笑むと、アストも彼女を見つめて頷いた。
「ああ。そうだね。
旅に出てから、いろいろ大変だったもんなぁ……」
帝国からの逃亡や聖王国での混乱、リリアの宣言──そして使徒の襲撃。
そのどれもが、命を賭けるような忘れられない出来事ばかりだった。
だがそのすべてが、二人の絆をより強くしてくれた。
そして、大切な“仲間”と呼べる存在たちと出会わせてくれた。
ミアはふと視線を落として呟いた。
「アスト……えっとね……
リリアさんのことなんだけど……」
「リリアさんがどうかした?」
アストが首を傾げると、ミアは少しだけ頬を赤らめて言葉を続けた。
「すっごく、綺麗だよね……」
上向いたアストは少し考えると、ミアへ視線を戻して微笑んだ。
「そうだね。あんな綺麗な人……
旅の中でも、ほとんど見たことないなぁ。」
アストは他意もなく素直に答えた。
ミアはどこか拗ねたような視線を逸らすと、さらに小さな声で彼に尋ねる。
「ふーん。そっか。
……リリアさんのこと……好き?」
「っ……え!?……どうしたんだ急に……?」
ミアの唐突な質問に、アストはわかりやすく取り乱す。
そんな彼の姿を見たミアは、口元を隠してクスクスと肩を震わせた。
「ふふふっ。アスト、わかりやすい。
私もね……リリアさんのこと、大好き。」
そう言ってふわりと笑うミア。
それは、出会った頃に見た花が咲いたような笑顔だった。
「そっか。」
微笑むアストは、ミアの頭をそっと撫でる。
彼女は嬉しそうに目を細めていた。
──その時。
「どうしたんだ、二人とも。
随分と楽しそうじゃないか。」
用事を済ませて戻ってきたリリアが、首を傾げながら近づいてきた。
彼女はどんなに忙しくても、必ず療護室へ顔を出してくれていた。
「えー?内緒だよね、アスト!」
ミアが笑顔で答えると、アストは視線を逸らして照れ笑いを浮かべた。
リリアはますます不思議そうに眉を寄せ、呆れたように微笑んだ。
そんな穏やかな空気の中──
リリアの補佐をするアローナが慌ただしく駆け込んできた。
「リリア様!アスト様とミア様……
お二人にお会いしたいと、帝国の使者が訪れています。」
表情を引き締めるリリア。
「帝国だと……。何者だ?」
「レオン・ギルバートと名乗っております。」
すぐにアローナが答える。
「レオンさんが?」
「何かあったのかな……?」
アローナからその名が告げられると、アストとミアは顔を見合わせた。
その様子を見たリリアは、微かに警戒の色を見せて問いかける。
「お前たちの知り合いなのか……?」
アストは、慌てて“旧知の仲で考古学の師”であることを説明する。
それを聞き、リリアはすぐにレオンを通すようアローナに指示を出した。
やがて、アローナに案内されたレオンが姿を現した。
アストの怪我を見た彼は、慌てて駆け寄り、その身を案じて声を震わせる。
「おい、アスト……!何があった!?
お前……身体は無事なのか……?」
リリアがアストの怪我の経緯と、現在は体調にも問題がないことを彼に説明する。
それを聞いたレオンは、アストの肩に手を添えながら胸を撫で下ろした。
「なんだ……びっくりさせないでくれ……」
ほっとしたのも束の間──
レオンは慌ててリリアに向き直り、深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。
帝国考古学研究室室長のレオンと申します。
この度は、神官長リリア様にお会い出来たことを心より──」
「よしてくれ。堅苦しい挨拶は不要だ。
アストの恩師なら、私にとっても大切な客人だからな。」
そう言って柔らかく微笑むリリアに、レオンは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
彼はすぐに表情を引き締めると、帝国の地下遺跡で起きた出来事を語り始める。
ドワーフの祖の壁画や文明の急激な進化。
そして、選ばれし者しか開けない扉。
療護室の空気が一気に張り詰める。
「選ばれし者か……やはりそれは……」
アストはミアへ視線を向けた。
レオンも頷き、同じくミアを見る。
「まだ確証は得られないが……
現状で考えれば、恐らくミアちゃんのことだろう。」
「わ、私……?」
ミアは目を丸くして驚き、アストとレオンの顔を交互に見る。
レオンは彼女の肩に手を添えると、そっと穏やかな声で告げた。
「選ばれし者……
“救済者”か“調停者”のどちらかだと思う。
そして、今確認できているのは“救済者”とされる君だけだ。」
レオンの言葉に、アストも静かに頷いた。
二人に続けて、リリアがドワーフの進化への推論を語り始める。
「もう一つ、“急激な進化”についてだが……
それには恐らく、“ティリス”が関わっている。」
「ティリス……例の“現存しない種族”の?」
レオンが興味深そうに耳を傾けた。
「ああ。ルベリオス家の禁書や口伝……
そこには、“魔術や聖導学の基礎はティリスに授けられた”と伝えられている。」
「なるほど……」
低く呟くレオン。
「“ティリス”とは、古代語で“星の民”を意味するらしい。
彼らの知恵が科学にも精通していたと考えれば──
古代のドワーフたちが急速に進化した事も説明がつく。」
リリアの言葉にレオンは深く考え込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「壁画にも、“別の文明から技術を授かった”と解釈できる記述があった。
それがティリスという種族が暮らす、失われた文明だったということか。」
徐々に明らかになる“ティリス”の存在。
しかし、同時に深まる“ティリスの謎”に、その場の皆が頭を抱えて俯いた。
「アスト……私……
どうしたらいいのかな……」
ミアが不安そうに呟く。
アストは彼女の手をそっと包み込み、その不安を拭うように優しく微笑んだ。
「大丈夫。みんながついてる。」
ミアの瞳が涙で揺れる。
リリアは二人を見つめ、静かに言った。
「まずは扉の謎を解かねばな……
ミア。その扉を開けられるのは、お前しかいない。」
ミアは胸の前で両手を組み、深く息を整えた。
そして少し間を空けると、微かに震えた声で答えた。
「……うん。
怖いけど……私がやらなきゃ……」
ミアの覚悟を聞いたリリアは、彼女を支えるように肩に手を添える。
その横で深く頷くレオンは、瞳の奥に期待の光を滲ませた。
「では、準備が整い次第帝国へ向かおう。
あの扉の先には、“真実の一端”があるはずだ。」
アスト、レオン、リリアの三人は互いに視線を重ねた。
その横で、そっと胸に手を添えるミア。
彼女の胸の奥には、選ばれし者という言葉が静かに響き続けていた。




