第53話 忘れられた遺跡
特殊な魔術によって外の喧騒は遮られ、揺れる風の音だけが優しく響く。
そこは、清楚な白いカーテンに囲まれた、聖法騎士庁舎の奥にある療護室。
薬草がほのかに香り、傷ついた者をそっと癒す安らかな空気が満ちるその部屋では──
奥に置かれたベッドに、眠ったままのアストが静かに横たわっていた。
リリアは椅子に腰掛け、険しい表情でアストを見つめていた。
彼女は膝の上に置いた拳を、祈るように固く握りしめている。
「……アスト。」
そこに居るのは、常に高潔で誰もが畏敬を抱く神官長ではない。
静かに眠る男をただ不安げに見守る、一人の女性の姿だった。
守るべき立場の自分がアストに守られ、さらには危険に晒した──
その紛れもない事実と自責の念が、彼女の胸をきつく締め付けていた。
「……アス、ト……」
ミアはアストの傍らに寄り添い、彼の手を握ったまま眠っていた。
夜通し泣いたその頬には、乾ききらない涙の跡が残っている。
リリアはそっと、ミアの肩に毛布をかけ直した。
そこには、少女をそっと包む母のような優しさが滲んでいた。
──その時。
アストの指が、わずかに動いた。
それに気づいたリリアは、静かに息を呑む。
すると、アストの瞼が小さく震えながら、ゆっくりと開き始めた。
「……ん……」
薄く目を開けるアスト。
少し眩しそうに目を細め、傍らで眠るミアの頭に触れると、彼女の髪を優しく撫でる。
「……ミ、ア……」
ミアはびくりと身体を震わせ、飛び上がるように目を覚ました。
「え……
アスト!?……アスト!!」
目から涙が溢れ、ミアはアストにしがみつくように抱きついた。
リリアも椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、アストの顔を覗き込む。
「気がついたのか!
──よかった、本当に……!」
そう言って声を震わせるリリアの姿に、アストは弱々しく微笑みかけた。
「心配かけて……すみません……」
リリアの瞳には涙が滲んでいた。
だが、すぐに表情を引き締め、腰を折って深々と頭を下げる。
「本当にすまない。
守る側の私が守られ、お前を危険に晒すとは……
自分が情けない……神官長としてあるまじきことだ……!」
アストは苦笑いを浮かべ、そっと首を振った。
「リリアさんが無事で、よかったです。
あなたが傷ついてしまったら……
新しい聖王国の門出が、台無しですからね。」
「アスト、お前……」
その言葉に、リリアは思わず息を呑んだ。
込み上げる熱を確かめるように、胸にそっと手を当てる。
リリアはふわりと口元を緩めて言った。
「お前を傷物にした以上……
やはり私が、責任を取らねばならんな。」
珍しく飛び出したリリアの軽口に、アストは戸惑いながらも笑みを浮かべた。
「いや!え、えっと……あはは……」
「もぉ!リリアさんったら、こんな時に!」
ミアは涙を拭い頬を膨らませるが、そこには肩の力が抜けたような安堵が滲む。
顔を見合わせる三人の顔は自然と笑顔で溢れ、その場は温かい空気に包まれた。
その時──
療護室の扉が勢いよく開く。
「なんだ、騒がしいな?」
ハンスが療護室の入り口を、少しくぐるようにして入ってきた。
起き上がるアストに視線を向け、目を見開いて豪快な声を響かせる。
「おおっ、アスト!目が覚めたか!」
その声を聞いたカンナとルシアナも、大柄な彼の後ろから顔を出して駆け込んできた。
「アストさん!よかった!」
「ああ、よかった……!本当に……!」
三人は安堵の表情を浮かべ、アストの周囲に集まった。
そんな中ハンスだけは、ふとアストの顔色を気にして声をかけた。
「どうした、アスト?
まだどこか具合が悪いのか……?」
「いえ……変な夢を見たんです……
世界が闇に呑まれるような──
あまり、気分のよくない夢でした……」
眉間に皺を寄せて目頭を指で押さえながら呟くアストに、ハンスは怪訝な顔で言った。
「遺跡の調査ばかりだったからな。
壁画にでもあてられたんじゃないか?」
「そう……かもしれませんね……はは。」
ハンスの言葉に、アストは傷を摩りながら苦笑いを浮かべた。
◆◆◆
──その頃。
ドワーガ帝国を訪れていたレオン。
彼は、帝国周辺に点在する遺跡の調査に乗り出していた。
アストたちに協力する中で、自身の経験やアストの父であるブライトの研究資料を元に、レオンはある仮説を立てた。
ドワーガ帝国の地下には不自然な大規模空間が存在する。
それが、未だ存在すら知られていない最古の遺跡なのではないか、と。
「……必ず、そこへ至る道があるはずだ。」
彼は、その“地下遺跡“へ繋がる“道“が、帝国周辺に点在する遺跡にあると考えた。
そして帝国軍の助力の元、調査隊を組み遺跡の調査にあたっていた。
「とりあえず今日は、ここで最後にするか……」
そう呟くレオンの声には、微かに疲れが滲んでいた。
彼の指示に従い、準備をする調査隊の面々もその足取りは重い。
そこは、ドワーガ帝国の西側に位置する山間部で、その影にはひっそりと佇む古代遺跡がある。
崩れかけた入口を通り慎重に奥へ進むと、周囲には近隣の遺跡と同様に、“調停者”や“世界の衰退”、“破壊”といった文字や壁画が描かれていた。
「ここもか……
他の遺跡と変わり映えはなさそうだな……」
レオンが汗を拭いながら、俯き気味に小さく呟く。
その時、奥に先行していた調査隊の一人が声を上げた。
「レオンさん、こっちに通路があります!」
「本当か……!?」
レオンは疲れを忘れたように顔を上げる。
彼の胸には、淡い期待が膨らんでいく。
薄暗い部屋を魔力灯で照らしながら、瓦礫を避けて仲間の元へ駆け寄った。
暗く狭い通路をしばらく進むと、少し開けた空間が広がっている。
他の部屋とは少し違う、不気味さを湛えた気配を漂わせ、奥には“扉”が佇んでいた。
「もしかして……
これが、地下遺跡へ続く扉か……?」
レオンは扉を見据えて息を呑んだ。
「他の遺跡には、こんな部屋も、扉もなかったですね……」
調査隊の一人が答える。
その声には微かな怯えを滲ませていた。
“忘れられた地下遺跡への扉”──
その扉は、訪れた者を威圧するかのように重く佇んでいる。
それを見つめるレオンたち調査隊の胸は、言葉にならない高揚と不安で静かに揺れていた。




