第52話 新生聖王国
城下を黒く埋め尽くす民衆たち。
高楼を見上げる彼らの視線の先には、聖王国を守り続けてきたリリアの姿があった。
民衆を見据えて立つリリアの翡翠の瞳は、月光が反射して煌めいている。
そこには揺るぎない意志と、聖王国の未来を背負う覚悟が宿っていた。
「……すっ……ふう……」
リリアはそっと目を閉じて深く息を吸い、ゆっくり吐き出すと静かに口を開いた。
「私はエルフェリア聖王国神官長──
リリア・ドゥラド・ルベリオスである。
今ここに、聖王国の──
我々エルフの民が背負ってきた真実を語る。
そのすべてに偽りはないと、この命に賭けて誓おう。」
その声は澄み渡り、民衆一人一人の耳に語りかけるようだった。
彼らは息を呑んでリリアに釘付けとなり、誰もが次の言葉を待ち望んだ。
静寂に包まれる城下──
リリアはその手に禁書を掲げ、ゆっくりと語り始めた。
聖王家血統の断絶。
聖王国五大貴人家の成り立ち。
ゴルドハート家の謀反。
新聖王の擁立。
そして、“今後の聖王国について“──
「王の血統断絶は、真実だったのか……!」
「……我々が、略奪者……?」
「あんな女の子が、聖王になるのか……?」
広場にはざわめきがゆっくりと広がる。
不安、動揺、怒り、困惑──
顔を見合わせる民衆の間には、様々な感情が渦巻いていた。
その感情を一身に受けながらもリリアは怯まず、拳に力を込め、堂々とした声を響かせる。
「“救済者”であるミア……彼女は神に等しい存在だ。
神の加護を授かる聖王として、これ以上相応しい者はいまい。」
隣に立つミアは、胸に手を添えて肩を震わせていた。
だが彼女の瞳に灯る光と、信じてくれたリリアへの想いが色褪せることはない。
「これまで聖王国を支えてきたのは、他でもないあなたたちだ。
貴人も……聖王でさえも、我々はただの道標に過ぎない。
だが、いつしか特権は形骸化し、本来の意味を失ってしまった。」
リリアは胸で拳を握り、力強く宣言した。
「今ここに古き時代を廃し、あなたたちの誇りと力を貸して欲しい。
私は聖王代理として、あなたたちと共に新たな聖王国を築く。
これからの未来を、我らが一人一人の手で守り、そして育むのだ!」
その瞬間──
広場に静寂が落ちた。
そして、一人の民が叫んだ。
「リリア様──!」
続いて、別の声が上がる。
「私はリリア様を信じる!」
「新しい聖王国を……頼む!」
「ミア様!リリア様!……万歳!!」
やがて、広場は歓声に包まれた。
民衆の羨望が、高楼にいる四人に注がれる。
リリアの名を呼ぶ声、ミアを称える声が次々と響き渡る。
ミアは恥ずかしそうに手を振り応えた。
その後ろでは、アストとハンスがその姿を誇らしげに見つめていた。
孤児院で悲しげな表情を浮かべていた少女。
突然の運命に翻弄され、怯えていた少女。
そんな彼女が──
この日、この瞬間、大国の未来を導く存在となった。
しばらく民衆の声に応えたリリアたちは、ゆっくりと高楼の広間へと戻った。
「よくやったぞ、ミア。」
「……う、うん。緊張したぁ……」
そう言って深く息を吐き、ミアは胸をそっと撫で下ろして安堵の表情を浮かべていた。
だが──
誰もが気を緩めていた、その時だった。
広間の隅に揺らぐ影が、皆の隙間を縫うように鋭く駆け抜ける。
「──ッ!?」
リリアが気づく間もなく──
影は彼女の懐に滑り込み、鋭い刃がその身に迫る。
「リリアさん──ッ!」
アストが叫び、咄嗟にリリアを突き飛ばした。
凶刃は容赦なくアストの身に突き刺さり、滲む血が服の空白を赤く染めていく。
「アストッ!?」
リリアの叫声が広間に響く。
アストはそのまま、脇腹を押さえ込んで床に崩れ落ちた。
「くっそ……!」
レイナードが瞬時に動き、襲撃者の腕を捻り上げて床に組み伏せる。
「貴様あああッ……!」
ルシアナは倒れた男に剣を突き立て、怒りを露わにした。
ハンスは男の前にしゃがみ、鼻に皺を寄せて男の頭を掴んだ。
「悪足掻きしおってッ!」
「いや……いやだよ!
アスト……しっかりして!」
ミアが泣きながら駆け寄り、アストの手に自分の手を重ねる。
だが必死に傷口を押さえても、彼女の手まで染める血は止まらない。
その瞬間──
ミアの声に呼応するように、額の紋章は力強い蒼白の光を放ち始めた。
そして、その光は二人を優しく包み込むと、アストの傷を瞬く間に癒していく。
「こ、これは……!」
リリアは、その輝きを前に目を見開いた。
「これが……救済者の力……」
アローナは眉を寄せ、その奇跡に驚愕する。
しかし、流れ出た血が多過ぎた。
傷は癒えても、アストの容体が一刻を争うことに変わりはない。
「早く治療が行える場所へ!」
カンナが声を上げると、周囲の騎士たちが急ぎアストを運び出す準備をする。
広間は一瞬で混乱に包まれ、リリアは震える手でアストの頬に触れた。
「アスト……!
頼む、目を開けてくれ……!」
その声は、リリアのものとは思えない程に震えていた。
そんな彼女を気遣うように、アストは薄く目を開けて弱々しく微笑んだ。
「……だい、じょうぶ……です……
あなたが……無事、なら……………」
その言葉に、リリアの瞳が涙で滲む。
しかし、彼は再び目を閉じてしまう。
「お願い……死んじゃダメ!
どこにも行かないで!そばにいて……」
泣きながら、祈るように声を漏らすミア。
二人を包む蒼白の光が輝きを強め、アストの命を微かに繋ぎ止めている。
広間に響くのは、仲間たちの叫びとアストの浅い呼吸だけだった──




