第51話 新たな聖王
城の高楼へ向かう廊下には、まだ戦いの余韻が残っていた。
鼻をつく焦げた匂いや血の滲む石床、無惨に倒れた敵の亡骸もまだ横たわっている。
騎士たちの表情は落ち着きを取り戻しつつあったが、まだどこか緊張感を滲ませていた。
その中を、アスト、ミア、ハンス、カンナの四人は騎士たちの案内で進む。
「……っ……」
生々しい戦いの跡にアストは息を呑み、ミアは胸の前で両手を組みながら歩く。
その手は微かに震え、できるだけ視界に入らないよう薄目で石壁に視線を逃していた。
「内乱の跡はいつ見ても気分が悪いな。」
「そうですね……
こういう現場は、何度見ても慣れません……」
ハンスは腕を組んで眉間に皺を刻み、座り込む怪我人や亡骸を悼むように見据えた。
そんな城内の物々しい様子に、カンナも俯きながら大きく息を吐いた。
「同じ国に住む人たちが……こんな……」
ミアは胸で組んでいた両手を、口元に添えて静かに呟く。
初めてみる戦いの跡に、一言では語れない複雑な感情が彼女の胸に押し寄せていた。
「そうだね……
でも、自分たちが信じる正義のため──
みんな……敵ですら必死に戦ったんだ……」
アストも眉を寄せて哀惜を滲ませるように周囲を見渡すと、震えるミアの肩をそっと抱き、少し急ぐように彼女を支えて歩を進める。
やがて、四人は高楼の広間へと通された。
無駄な飾り気がなく、厳かな雰囲気が漂うその部屋には簡素だが造りのしっかりした椅子と長机が置かれている。
そこには、リリアとルシアナ、レイナード、そして謀反鎮圧を聞き駆けつけたアローナが加わり、四人の到着を待っていた。
「まだ戦いの余韻が残る中……
わざわざ足を運んでもらってすまないな。」
リリアは気遣うようにそう告げると、少し表情を引き締めて四人を見据え、さらに言葉を続けた。
「今から──
禁書の内容を、全ての民に公開する。」
アストたちは息を呑んだ。
それはつまり、聖王国の裏である起源を明かすということだ。
リリアは禁書を開くと、憂うような視線を本の中身へ滑らせ、ゆっくりと語り始めた。
「この禁書には、聖王家の血統がすでに断絶していることが記されている。
そしてもう一つは……ルベリオス家の口伝と同様の史実が書かれていた。
前に話した、“我々エルフ種が略奪者である”という歴史“についての記述だ。」
リリアの鼓動が伝わるかのように、広間の空気が揺れ動く。
いつもは堂々と澄み渡るように響く彼女の声が、今だけは微かに震えていた。
「国民には真実を知る権利がある。
その上で──ミア……
“救済者”であるお前を、新たな聖王に擁立するつもりだ。」
「えっ……!?」
リリアの口から放たれる突然の言葉に、ミアは目を丸くしながら彼女の顔を見据えた。
「そ、そんな……無理だよ……!
私が聖王なんて……務まるわけないよ!」
「ミアが、聖王……!?
本気ですか……リリアさん……?」
アストは驚きのあまり口を開け、ミアとリリアの顔を交互に見る。
ハンス、カンナも、唖然とした顔で言葉を失い固まっていた。
アローナやレイナード、ルシアナは薄々察していたようで、その表情には若干の戸惑いを浮かべながらも静かに頷いた。
「やはり……そのおつもりでしたか。」
「まあ、それしかないよねぇ……
貴人家じゃ、どこがなっても角が立っちゃうし……」
アローナは苦笑いを浮かべて呟き、レイナードはそうせざるを得ないといった様子で両手を広げた。
「私はもちろん異論ありません。
リリア様の判断に、間違いはないのですから。」
ルシアナは胸に手を当てて敬礼する。
その言葉には、リリアへの疑心は微塵も感じられなかった。
三人の言葉を聞いたリリアは静かに微笑むと、ミアへそっと歩み寄った。
そして、彼女の不安そうな目を見つめながら、それを拭うように優しく言葉を紡ぐ。
「ミア。突然ですまないな……
だが、民衆を納得させるためには、“救済者”であるお前が必要だ。
旅が終わるまでは、私が聖王代理として国を管理するから安心してくれ。」
ミアは胸に当てた震える手を握りしめ、静かに目を伏せていた。
その沈黙は、少女が自身の運命と向き合うための覚悟の時間だった。
しばらく考え込んだミアはゆっくりと口を開き、震える声で呟いた。
「……私に、できるのかな……?」
間髪を容れずリリアは答える。
「お前ならできる。
誰よりも強く、優しい心を持っているからな。
“救済者“だからではない。
私は、お前を──“ミア・リーゼウス“を信じている。」
自分をまっすぐ見つめるリリアの力強い言葉に、ミアの胸に熱いものが込み上げる。
「……うん、わかった。
リリアさんがそう言うなら……
私は、私を信じてくれるリリアさんを信じる。」
ミアが抱く確かな決意──
その小さくも力強い想いは、その場にいる者の胸に、優しい温もりとなって伝わった。
「ありがとう。
お前の覚悟を、私が必ず支えてみせる。」
リリアは胸に手を当てて敬礼し、彼女の想いに自らの想いを重ねて誓いを立てる。
「ゴルドハート家は解体する。
その他四家は特権を廃止した上で……
それぞれがこれまで培ってきた職務と立場を担って貰う。
これからこの聖王国は、皆で団結して生まれ変わらねばならない。」
レイナードは近くにあった椅子に腰を下ろすと、苦笑いを浮かべて頷いた。
「まあ、うちはいいとして……
他の二家に武力はないけど、政略には強いからなぁ。
俺も説得には同行するよ。
一応ライオネス家の当主だし、居ないよりはマシだろうからねぇ。」
「私は、リリア様の意志に従います。」
ルシアナは、リリアの顔を見据えて揺るぎない声を響かせる。
「どんな立場になっても……
僕は、ずっとミアのそばにいるよ。」
「ありがとう……アスト。」
アストはミアの頭をそっと撫で、彼女の目を見つめて静かに言った。
その言葉を聞いたミアは目を細め、涙を浮かべて微笑んだ。
そのやりとりを黙って聞いていたハンスは、腕を組みながら豪快に笑う。
「新たな聖王との旅か。面白い!
これは後世まで自慢できそうだな!」
「ミアちゃんが聖王様なんて!
なんか、ワクワクしちゃいますね!」
カンナは満面の笑みを浮かべ、小さく拍手をして胸を高鳴らせた。
「では行こう。
すべての民に真実を伝える時だ。」
そう言ってリリアは深く息を整えると、ミアに手を差し出した。
ミアも緊張した面持ちで頷ずき、その手をとって一歩踏み出す。
堂々と高楼へ歩み出るリリア。
そして、微かに震える足で隣に立つミア。
その脇にはレイナードとルシアナが勇ましく並び立つ。
高楼の上から見下ろす城下。
そこにはすでに、多くの民衆が集まっていた。
不安、期待、混乱──
そこには、さまざまな感情が渦巻いている。
彼らの視線を一身に浴び、リリアは大きく一歩前に出た。
風が銀糸の髪を揺らす。
彼女は禁書を掲げ、微動する指をぐっと握り込み、揺るぎない意志を湛えた瞳で民衆を見渡した。




