第50話 聖と闇
裏路地を駆け抜けるリリア。
その鋭い耳は、城下の喧騒が遠ざかっていくのを感じていた。
最初は怒号と悲鳴が入り混じっていた。
だが今は──
騎士たちを讃える歓喜の声が強く滲んでいる。
「二人とも……
皆も、よくやってくれた。」
その声には安堵と誇りが混じっていた。
聖法騎士たちが民衆を守り、暗聖裁派を押し返している証拠だ。
だが、リリアの足は止まらない。
彼女が向かうのは、城の裏手にある古い倉庫群──
アルベドの邸宅から少し離れた、普段は誰も近づかないはずの場所。
「……ここだ。」
リリアは足を止めた。
そこは、神官長を拝命した際に一度だけ訪れた、倉庫に紛れる暗聖裁派の拠点──
月明かりに照らされた倉庫の前には、数人の黒い影があった。
アルベドの側近──暗聖裁派の精鋭たち。
彼らは無言で立ち塞がり、警戒を強め守りを固めていた。
その眼前に姿を現すリリア。
彼女は聖銀の籠手を構え、静かに息を吸う。
「──退け。
今は、貴様らに構っている暇はない。」
しかし返答はない。
ただ、剥き出しの殺意だけが夜気を震わせた。
リリアは眉間に皺を寄せた。
その瞳に覚悟を宿し、指を鳴らすように軽く手を振る。
──鋭い銀光が散った。
聖銀の籠手によって生み出された複数の銀短剣。
舞うように散るそれらは、月光を裂き一直線に飛ぶ。
「──ッ!」
「──ぬっ!」
「かはっ──!」
動く意思すら与えぬまま、白銀の刃が影たちの胸を貫いた。
倒れ込む音が静かに、無慈悲に響き渡る。
「──邪魔をするな。」
その声は、静かに胸を焦がす冷たい憤怒を帯びていた。
リリアは扉に手をかけると、力任せに押し破った。
軋む音とともに、倉庫の内部が露わになる。
そこには──
淡紅の髪を揺らし、不気味な笑みを浮かべる男が佇んでいた。
月光を纏うその姿は、狂気を湛えている。
「ほお……
思いの外、気づくのが早かったな。
リリア・ドゥラド・ルベリオス。」
その声は、闇に溶けるように低く響いた。
「掲げていた禁書に、違和感があったのでな。」
リリアは眉間の皺を深め、静かに歩み寄る。
「アルベド……貴様……
なぜ、こんな真似をした!!」
問い詰めるリリアに対し、アルベドは喉の奥で笑った。
「くふふ、なぜ……?
当前のように称賛を浴び──
畏敬と羨望の眼差しを欲しいままにしてきた……
そんな貴様らには、我ら闇を司る者の心底など想像もつかんか。」
「貴様のような外道の考える事など……
理解できるはずがないだろう!!」
リリアがそう言った瞬間、アルベドの紫紺の瞳は鋭く光を帯びた。
「“それ”だよリリア。
数千年の永きに渡り……
我らが、代々この国を裏で支えてきた見返りはなんだ?
常に、“外道”などと蔑む言葉と、侮蔑の眼差しだった……
だが、それも全て、今日この時をもって終わりを告げる……!」
目を見開き、一瞬、言葉に詰まるリリア。
「我々が……
この国が、貴様をそこまで追い詰めていたのだな……」
彼女は怒りとも哀れみともつかぬ表情を浮かべ言葉を放つ。
「しかし、もう後戻りはできん……
数々の非道……処刑は免れんぞ……!」
「処刑……?面白い冗談だ。
それは貴様と、“偽りの聖王”の方だろう。」
アルベドの瞳には、底知れぬ狂気が宿っていた。
「真実を隠し、国民を──
他の四家を欺き、聖王国を弄んだ詐欺師どもめ。」
リリアは怒りを抑え、低く言い返す。
「真実を捻じ曲げ、民を惑わせたのは貴様だ。
禁書を利用し、この国を混乱に陥れた罪……万死に値する!」
アルベドは口角を引き上げる。
しかしその瞳は、憤怒の色を帯びていた。
「貴様をここで始末し──
その首を聖王家の処刑台に飾りつけてやろう。
詐欺師どもの、死出に添える手向けの華としてな。」
「……ッ!!」
リリアの眉間の皺は一層深く刻まれる。
しかし、アルベドの嘲笑うような言葉は止まらない。
「くふふ。……安心しろ。
救済者の娘は生かしておいてやる。
その身に“従属の禁紋”を刻み、我が道具として使われる喜びを与えてやろう。
そして、私が“真の聖王”となり、この国を治め導くのだ。」
その瞬間、アルベドの手に闇が集まり始めた。
黒い霧状の魔力が渦を巻き、形を成す。
闇鋼の鎌──
顕現した死神のごとく、禍々しく無骨なそれは、魂を刈り取る死の宣告。
「やれるものならやってみるがいい!」
リリアは深く息を吸い、聖銀の籠手に魔力を込める。
聖白の光が溢れ、二本の白銀剣が彼女の両手に顕現した。
「貴様の野望……ここで断つ!!」
その咆哮は倉庫の空気を震わせた。
聖白の魔力がリリアを包み、その瞳が鋭く光る。
次の瞬間──
聖白の銀剣と、死闇の鎌が交錯する。
火花が散り、衝撃が倉庫全体を揺らす。
命を賭す二つの意志は、仄暗い夜気の中で激しくぶつかり合った。
避けられぬどちらかの死──
聖と闇、その行方が聖王国の未来となる。




