第5話 迫る闇と揺らぐ心
レオンの元を離れ、次の街へ立ち寄った夜。
アストは、宿のベッドに腰掛け深く息を吐いた。
ミアは隣の椅子に座り、疲れた顔で小さな手を握りしめている。
そんな彼女を見つめるたびに胸が締め付けられた。
ミアを、自分だけで守りきれるのか──
帝国だけではない。聖王国も他国も、救済者を狙っているだろう。
各国が追手を差し向けるなら、アスト一人の力でミアを守り抜けるはずがない。
それに、彼女を連れ回すことが正しいのかも分からない。
救済者を隠すことが世界のためになるのか。
それとも彼女を人々の前に立たせるべきなのか、その答えは出ない。
アストの心には、様々な感情が押し寄せていた──
そんな中、突然「ドンドン!」と不躾にドアを叩く音が部屋に響いた。
二人が沈黙していると、外から高圧的な男の声が轟く。
「居るのは分かっている!救済者の少女を渡せ!
……大人しく従わなければ拘束する!」
一瞬の間を空けて、アストが答えた。
「少し待ってくれ。女の子なんだ。
着替えくらい、させてやってくれ。」
「……チッ……
わかった。早く済ませろ!」
男は舌打ちをすると少し気怠そうに答えた。
アストは声を押し殺し、ミアに手招きをする。
次の瞬間──ミアを連れて部屋の窓から飛び出した。
「バタン!」という物音に気付いた男は、ドアを蹴破り部屋に押し入る。
逃げた二人の影に気づくと、そのまま窓から飛び出し怒号のように叫んだ。
「貴様ら!止まれええ!!!」
飛び出した男と共に、宿の入り口に待機していた二人の男も後を追ってきた。
追手らしき男たちは、軍服のような装いで四肢は全て兵装義肢──
ドワーガ帝国軍の重装兵である事は明白だ。
その腕には捕獲用と思われる武装が施されている。
帝国兵の一人は、鈍い破裂音のような激しい音と共に、腕から雷撃に似た何かを放った。
アストは咄嗟にミアを庇い、義肢の腕で攻撃を受け止める。
その衝撃は骨にまで響き、体を伝わり脳を揺らした。
帝国兵たちは、兵装義肢の強靭な脚力で二人に迫る。
「──来ないで!!」
咄嗟にミアは、彼らに向け両手をかざした。
すると、突然紋章が輝き、稲妻のような閃光が空気を切り裂いて走った。
男たちの義肢は焼け焦げ、制御を失った彼らはその場で膝から崩れ落ちる。
「走るぞ!ミア!」
二人は路地裏へと駆け出す。
「待てえええーっ!!」
帝国兵の憤った声が夜の街に響いた。
幸い追跡してきたのは三人だけだったらしく、狭い路地を抜けながら、二人はなんとか彼らを振り切る事が出来た。
「……逃げ切れた、のか……?」
糸が切れた人形のように二人は崩れ落ちた。
この先、こんな事が続くのか──?
現実を目の当たりにしたアストは、不安を拭えないでいた。
自分一人では限界がある事は分かっている。
だが、誰かに託すことが正しいのか──
聖王国ならば、彼女を守ってくれるかもしれない。
しかし、彼女が利用されない保証はない。
帝国に渡せば、彼女は兵器として扱われるだろう──それは絶対にダメだ。
いくら考えても、正しい答えが見つかることはなかった。
ミアは走りながらも彼を見上げた。
「アスト……私、怖い。
でも……アストがいてくれるから──」
その言葉に胸が痛む。
彼女は救済者でありながら、ただの少女でもある。
大切な家族──自分が絶対に守らなければならない。
だがどんなに思考を巡らせても、守る方法が分からない。
街から離れた廃墟の中に逃げ込んだ二人は、息を殺して身を潜めた。
遠く──帝国兵の声が耳に届く。
アストは肩で息をしながら、夜空を見上げていた。
闇深い夜空は、まるで彼らの未来を暗示するようだった。
「僕はどうすれば……」
その呟きは夜に溶け、答えは返ってこない。
迫る闇は帝国の影であり、揺れる心はアスト自身の迷いだった。
“ミアを守る”という決意と、自分の無力さ──
彼女の小さな肩を抱きながら、その狭間で彼は苦悩し続ける。
だがその苦悩をよそに、各国はすでに、静かに動きを深めつつあった。




