第4話 裏切りの毒杯
この日、アスト達はある街に立ち寄った。
父の数少ない友人、レオン・ギルバートを尋ねるためだった。
彼は、アストにとっても第二の父のような存在であり、これまで何度も旅の助言をくれた考古学の師だ。
今は研究を退き、病床の妻を支えるため必死に働く彼を、アストは心から尊敬していた。
「久しぶりだな、アスト。
相変わらず元気そうじゃないか。」
レオンは優しく微笑むと、アストの影に小さく隠れたミアに気づいた。
「お嬢さんは、初めましてだね。
──私はレオンだ。よろしくね。」
「こ、こんにちは。ミア……です。」
ミアは小さく頷いた。その声は少し震え、緊張を滲ませていた。
「お久しぶりです。
レオンさんも、お元気そうで何よりです。」
「おかげさまでな。
また何か、面白い話を聞かせてくれるのか?」
レオンは柔らかな笑みを浮かべ、二人を家に招き入れた。
室内には暖かな灯りがともり、張り詰めていた胸が落ち着いていく。
「紅茶でよかったか?」
「はい。ありがとうございます。」
「……ありがとう……ございます……。」
彼が紅茶を差し出すと、爽やかな香りが鼻に抜けていくのを感じた。
アストは、紅茶にそっと息を吹きかけ一口飲んだ。
しかし、一息ついたのも束の間だった。
アストは紅茶を口にした途端──
突如激しい眩暈に襲われ、彼はそのまま床に崩れ落ちた。
ミアは驚き、慌てて駆け寄った。
「アスト!?しっかりして!」
必死でアストを抱き抱える──
すると、ミアの額の紋章が強く光を放ち始める。
次の瞬間、彼女の手から柔らかな光が流れ込み、アストの全身を包み込んだ。
体内の毒は徐々に中和され、彼の呼吸は次第に落ち着いていく。
ミアにも同じ毒が盛られていたが、彼女には効果がないようだった。
奇跡を目の当たりにしたレオンは震えた。
「……君は、本当に……救済者なんだな……。」
ミアは激しい怒りを込めて、レオンを睨みつけた。
「どうして……どうしてアストを!
……いったい何をしたの!?」
彼女に問い詰められたレオンは、涙を浮かべゆっくりと事の顛末を語り出した。
彼の元には、突然帝国軍の人間が現れたらしい。
その男は、病で衰弱していく妻に最新の治療を施し、当面の生活費も用意すると唆したのだ。
裏切りの理由は、最愛の人を守るためだった。
そんな中、目を覚ましたアストが弱々しくも声を絞り出す。
「ミア……彼を許して……やってくれ。
君のおかげで……僕は助かったし、ね……。
レオンさんも、大事な人を守りたかった……それだけ、だ。」
ミアはしばらく沈黙し、やがて決意を込めて静かに口を開いた。
「……たぶん……あなたの奥さんを、治せる。
その代わり二度と……
二度とアストを裏切らないと誓って!」
「本当か……!?そんな奇跡が……
もちろんだ!……この命にかけて誓う!
頼む……妻を……治してやってくれ……!」
レオンは縋るようにミアに見つめ、深く頭を下げた。
レオンに案内され寝室へ行くと、痩せこけた彼の妻が弱々しく息をしている。
ミアは彼女の傍に立つと、そっと手を添えた。
「紋章よ。力を貸して。
……この人を、癒して……。」
ミアの想いに呼応するように、紋章は淡く輝きを放つ。
その輝きは病床の妻へ伝わり、優しい光が彼女の全身を包み込んだ。
光が静かに消えると、彼女はゆっくりと目を開き、レオンに支えられ起き上がった。
「……あれ?……私、どうして……?」
「ああ、奇跡だ……!……うぅ……
よかった……本当に、よかった……!!」
レオンの瞳からは涙が溢れ、彼はそっと包み込むように妻を抱き締める。
彼女はよく分からないまま、しかし確かに感じる深い愛情にその身を預けた。
彼はミアへ向き直り、深く深く頭を下げた。
「ありがとう!
……本当に……ありがとう!」
震えた声で感謝を告げるレオンだが、涙を拭うと険しい表情で話し始めた。
「君たちの存在は、帝国軍幹部はもちろん……各国の要人たちにも知れ渡っている。
……他にも追っ手が放たれているはずだ。」
レオンの言葉に、二人は息を呑む。
「こんな奇跡……
軍の奴らが放っておくはずがない。
この国を離れ、急いで身を隠した方がいい。」
アストとミアは顔を見合わせ決意を新たにした。
「行こう、ミア。
なんとかして、二人で逃げるしかない。」
「うん……でも……
私は、アストと一緒なら怖くないよ。」
こうして二人の旅は、穏やかな日常から一転、逃亡の旅へと変わった。
街の路地裏や貧民街を、夜に紛れるよう静かに潜り抜けていく──
追っ手の影をその背に感じながら、二人は父の研究資料にある古代遺跡を目指し歩みを進める。
──その背後ではすでに、世界各国がそれぞれの思惑を胸に、静かに、しかし確実に動き始めていた。




