第3話 紋章と星の嘆き
その日ミアの額に表れた紋章は、遠く闇夜に光る星のように淡い光を放っていた。
「ミア……?それは……」
「熱い……なに、これ……?」
アストが額を指すと、ミアはそっと触れた。
額に添えた彼女の指の隙間から、淡い光が漏れていた。
額に浮かび上がった紋章は、陽光の反射ではなく、確かに自ら輝いていた。
淡く儚げな光は呼吸のように明滅し、まるでミアの不安に呼応するかのように脈動している。
アストは息を呑み、思わず彼女の肩を掴んだ。
「ミア……その額の印は……!」
「アスト、これ……何……?」
声は震え、瞳は怯えに揺れている。
旅をするようになってから、ミアがこんなにも不安そうな表情を浮かべるのは、これが初めてだった。
アストの脳裏に、父が遺した研究資料が鮮烈に蘇る。
古代遺跡に刻まれていた救済者の紋章。
幾度も御伽話のように語られた伝承の象徴。
まさかそれが、ミアの額に現れるなんて──
アストは静かに息を呑んだ。
「これは……伝承にある救済者の印かもしれない。」
「救済者……?」
ミアは戸惑いながらも、アストの言葉を信じようと必死に耳を傾けた。
ドワルギア文明圏では「調停者が世界を破壊する」という伝承が語られており、一方で、エルフェリオン文明圏では「救済者が世界を再生する」という、異なる伝承が語られていた。
二つの文明には互いに相反する伝承が語り継がれてきたが、アストは父の研究を通じて、それらが同じ根を持つ可能性を感じていた。
ミアに現れた紋章は、少なくともエルフェリオンの伝承にある「救済者」のものだと考えられた。
──その時だった。
紋章の脈動が高まり、周囲の空気が震えたように感じられた。
風は止み、遠くの大地が低く唸る。
まるで星そのものが息をしているかのように、紋章は呼応していた。
「……星が、応えている。」
アストは背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
彼の呟きに、ミアはその青い瞳を見開いた。
この世界は静かに衰弱していた。
かつて蒼く澄んだ空を映した海は陰りを帯び、荒野は年々広がり、花々は博物館の展示物くらいしか見られなくなっていた。
人々は口にしないが、誰もが不安を抱え心の片隅でこう思っていた。
この星の寿命は尽きかけているのでは──と。
老人たちは「昔の港は海鳥の鳴き声が響いていた」と語るが、今では誰の耳にも届かない。
紋章の光は、そんな星の息遣いに呼応していた。
これは偶然ではない──
アストは確信めいたものを感じた。
星がミアを選び、彼女に何かを託そうとしていると。
しかし、その奇跡は長く隠し通せるものではなかった。
アストは、傷跡の治療やそれを隠すための医療用擬似皮膜である“封傷皮膜”で、ミアの紋章を覆い隠していた。
ある日街に立ち寄った際、なぜかその皮膜が破損──
監視カメラの赤い光が紋章を捉えてしまったのだった。
「しまった……!」
アストはすぐに彼女を人混みから引き離したが、すでに遅かった。
その映像は瞬く間に、各国の要人の元へ広まってしまう。
救済者の印を持つ少女の存在が、世界に露見した瞬間だった──
そこから、二人の旅は穏やかなものではなくなった。
その力を利用しようとする者、恐れて排除しようとする者──
世界の様々な思惑が二人を取り巻き始めた。
夜、焚き火の前でミアは小さく呟いた。
「……どうして……私なのかな……」
アストは答えられなかった。
彼女を守りたい一心でありながら、伝承が真実だったという現実と、暗示する未来が重くのしかかってくる。
そんな二人を憐れむように、星は嘆いていた。
その嘆きに呼応するように、額の紋章は淡く輝き続けていた。




