第48話 虚構の王
執務室でのやり取りから、まだ一刻も経っていなかった。
リリア、ルシアナ、レイナードはすぐさま神官と聖法騎士を総動員し、広場や裏路地、貧民街、交易路に至るまで──聖王国の隅々までイネルバの影を追っていた。
アストとミアは、危険が及ぶ可能性を考慮され騎士宿舎で待機を命じられた。
ハンスとカンナは、“帝国の軍人”という立場上派手に動くわけにはいかず、二人の護衛として宿に残っていた。
だが──
イネルバの足取りは、どこにも残されていなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように、その影は完全に消え失せていた。
捜索に出ていた三人は、一旦大聖堂に戻り情報の共有を行っていた。
「……こちらは収穫なしだ。」
レイナードが額の汗を拭いながら言う。
「こちらもです……。
裏路地も見たが、痕跡すらない。
まるで“跡形もなく消えた”としか……」
ルシアナも険しい表情で頷いた。
リリアは腕を組み、深く考え込んでいた。
「……イネルバが、単独で禁書庫の封印を破れるとは考えにくい。
“誰かが手を貸した”と見るべきだな。」
──その時だった。
大聖堂の入り口に、黒い外套をまとった男が現れた。
その風貌は、暗聖裁派の手の者であることを隠そうともしていない。
「貴様……
暗部の者が、何の用だ……?」
リリアは威圧と警戒を込めて言い放った。
だが、暗部の男は意にも介さずゆっくりとリリアに歩み寄る。
そして、彼女の前で立ち止まると、淡々と言葉を発した。
「ルベリオス家当主リリア様──
我が主から、贈り物でございます。」
男は恭しく頭を下げると、一通の手紙と、綺麗に飾られた“人の頭ほどの化粧箱”を差し出した。
リリアは眉をひそめながら手紙を受け取り、静かに目を通した。
だが、読み進めるにつれ──
その表情は、徐々に怒りの色を帯びていく。
レイナードが不安げに声をかけた。
「リリア……何て書いてあるんだ?」
リリアは答えず、化粧箱へと手を伸ばした。
彼女はゆっくりと蓋を開く──
中身を見た三人は、一瞬息が止まったようにその表情を強張らせた。
ルシアナが額を抑え俯き、レイナードの眉間には深い皺が刻まれた。
リリアは、額に血管が浮かび上がる程、その怒りを露わにした。
そこには──
“イネルバだったもの”が静かに収められていた。
血は一滴も流れていない。
まるで丁寧に“処理”されたかのように、静かに、そして鮮やかに整えられていた。
リリアは箱を閉じ、鋭い視線で男を刺す。
「ゴルドハート卿……
いや、アルベドは一体何を考えている……!」
声は冷静だったが、リリアから放たれる憤怒の圧は隠しようがなかった。
しかし、その怒りを前にしても、男は一切動揺することはない。
それどころか、不気味な笑みを浮かべ口を開いた。
「“すぐに分かる。楽しみにしていろ”──
アルベド様からの伝言でございます。」
その言葉を残し、男は踵を返して歩き去った。
「待てッ!!」
リリアは叫び、大聖堂を飛び出した。
まさにその瞬間だった。
聖王城の方角から、轟音が──
歓声と悲鳴が入り混じった“声”が轟き渡った。
何千、何万という民の声が、渦を巻くように聖王国中へ広がっていく。
それと共に、拡声魔術によって増幅された“アルベドの声”が、空を震わせるように響き渡った。
『──聖王国の民よ。
今この時をもって、虚構の王は終わりを迎える。
ルベリオス家が管理していたこの“禁書“には驚くべき事が書かれていた。
この国の頂点に座す“聖王家“──神の血筋は2000年も前にすでに途絶えている!!』
「そんな……王家の血が断絶……?」
「嘘よ……そんなの信じられない!」
「やっぱり……
何か隠してると思ってたんだ……!」
「俺たちを騙していたのか!?」
国民の猜疑の声が激しく飛び交う。
アルベドの言葉は、国中の民を失意に叩き落とすには余りあるものだった。
『今日まで、聖王国が大国として君臨できたのは誰のおかげか……
他でもない!このゴルドハート家である!
今ここに宣言しよう。
虚構の王に代わり──我らゴルドハート家こそが、新たな聖王となるのだ!!』
その宣言は、聖王国の歴史を揺るがす“反逆の号砲”だった。
「……アルベド……!」
「まさか……聖王家が……?」
ルシアナは、憤りに震える声で呟いた。
レイナードは空を仰ぎ、その真実を受け止めきれずにいた。
拳を固く握り、歯を食いしばるリリア。
言葉を失う二人に対し、彼女は迷いを断つかのように鋭く声を放つ。
「呆けている場合ではない!
奴が聖王となれば、この国だけではない──
アストやミアも……世界も無事では済まんぞ!!」
レイナードは深く息を吸い、静かに頷いた。
「……そうだね。
このまま、奴の好きにさせる訳にはいかない!」
「はい!参りましょう!」
ルシアナもそれに続く。
そして三人は、聖王城へ向けて駆け出した。
仄暗い雲が覆い尽くす空──
聖王国の街には、歓喜と悲鳴が響き続けていた。




