第47話 盗まれた真実
聖王国の起源──
その深い闇を知った翌朝。
アストたちは、再びリリアの執務室に集まっていた。
昨夜は誰もが胸のざわめきを抱え、眠りの浅い夜を過ごした。
ティリスの真相、エルフの罪。
そして“禁書”の存在──
胸の奥に重く沈むものを抱えたまま、彼らは朝を迎えていた。
「……では、禁書庫へ向かおうか。」
リリアが静かに告げた、その時だった。
執務室の扉が激しく叩かれ開かれると、神官アローナが飛び込んできた。
普段は穏やかな彼女が、今は顔を真っ青にして取り乱している。
「り、リリア様!!大変です……!」
その声は震え、息は乱れ、言葉を絞り出すようだった。
「禁書が……!
昨夜、何者かに盗まれました!!」
その場を衝撃が駆け抜けた。
あの“女傑リリア”でさえ、目を見開き言葉を失っていた。
「……なんだと……!?
それは間違いないのか!!」
アローナは唇を震わせながら頷いた。
「はい……
封印が破られ、鍵も粉々に……
禁書の姿は……どこにもなく……」
その声は恐怖にかすれていた。
リリアは深く息を吸い、アローナの肩に手を置いた。
「すまない……お前の責任ではない。
急ぎ報告してくれたこと、感謝する。」
アローナは瞳に涙を溜め、頭を下げると部屋を後にした。
扉が閉まると、リリアは静かに頭を抱えた。
「……まさか、禁書が……!」
レイナードが険しい表情で問いかける。
「誰が盗んだか、見当はつかないのかい?」
リリアはゆっくりと息を吐いた。
「あの禁書庫は、そこに至る通路でさえ、
ルベリオス家に縁のある者しか入れない。
……外部の者が破るのは、まず不可能だ。」
「じゃあ……」
アストは息を呑んだ。
「恐らく、イネルバだろう……。」
その名が出た瞬間、空気が重く沈んだ。
ハンスが呆れたように溜息を漏らす。
「あの神官か……
逆恨みで禁書を盗むとは、呆れ果てるな。」
リリアは俯き、静かに呟いた。
「……私の責任だ。
身内の心底も見抜けんとは……」
ミアがそっとリリアの袖を掴んだ。
「リリアさんのせいじゃないよ。
アストや私のために、あんなに怒ってくれたんでしょ?」
「……ミア……
──ありがとう。」
リリアは小さく微笑んだが、その瞳は深い後悔を湛えていた。
レイナードが手を叩き、空気を切り替える。
「まあ、ここで嘆いても仕方ない。
とにかくイネルバを探そう。
禁書が何なのか分からない以上、放っておくのは危険すぎる。」
アストたちは頷き、それぞれ行動に移る準備を始めた。
──その頃。
イネルバは、聖王国の裏社会において“最も触れてはならない家”──ゴルドハート家の屋敷に招かれていた。
豪奢な調度品が並ぶ薄暗い部屋。
その中心に座るのは、淡紅を帯びた髪を持つ麗人──アルベド・ドゥラド・ゴルドハート。
ゴルドハート家は聖王国貴人五家の中でも“裏の仕事”を司る家。
彼はその“裏”を担う暗部組織、“暗聖裁派“を束ねる男だった。
アルベドは怪しく光るグラスを指先で揺らしながら、イネルバを鋭い視線で見つめた。
「それが……例の禁書か?」
イネルバは震える手で包みを差し出した。
「は、はい……。
内容については……何も……
当主ですら、その中身を見ることは禁じられております……。」
アルベドは薄く笑った。
「なるほど。
ルベリオス家が代々守り続けてきた“禁書”……
噂では、大国を落とすほどの“何か“が記されていると聞くが。」
イネルバは喉を鳴らし、後悔の念に押し潰されそうになっていた。
だが、もう遅い──後戻りなど叶わない。
アルベドは静かに禁書を開いた。
果てしない静寂の中、紙をめくる音だけがゆっくりと響き渡る。
イネルバは息を呑み、配下の者たちは無言で周囲を固めていた。
やがて、アルベドは最後の頁を静かに閉じた。
その肩は小刻みに震えている。
次の瞬間、彼は高らかに笑い出した。
「……ふ、ふふ……あははははははっ!!
これは……これは実に面白い……!!
聖王国の根幹を揺るがす“真実”が、こんな形で眠っていたとは……!」
イネルバは、あまりの恐怖に凍りつく。
アルベドの瞳は、狂気と歓喜に満ちていた。
「イネルバ、だったか?
お前は実に良い働きをした。
最後に、華やかな大役を与えてやろう。」
その言葉が、イネルバの運命を決定づけた。
そして──
光を湛える聖王国は、深く仄暗い闇に、静かに呑まれつつあった。




