第44話 騎士を束ねる者
大聖堂の奥では、神官たちが短刀を囲み、興奮気味に議論を交わしていた。
皆、古代の紋様を前に、高揚を隠せないようだった。
その一方で、アストたちの周囲には、先ほどの“婿”発言の余韻がまだ漂っている。
ミアはアストの袖を掴んだまま俯き、アストはどうすべきか分からず右往左往していた。
その時だった──
「今のはちょーっと、聞き捨てならないなぁ。」
大聖堂には似つかわしくない、軽い調子の声が響いた。
アストたちが振り返ると、そこには端正な顔立ちの騎士が立っていた。
青白銀の鎧に身を包み、背筋は伸び、金糸の髪をなびかせ立つ姿は凛々しく美しい。
だが、その口調はあまりにも飄々としていて、その落差に皆が戸惑ってしまう。
「俺が交際を申し込んだ時は、即座に断ったのにさー。
……酷いんじゃないの?リリア。」
アストは思わず目を瞬かせた。
リリアが、ほんの少しだけ眉をひそめる。
「はぁ……お前か……
私はお前のような男は好かん。
どうせ、“聖王国内での立場”を考えてのことだろうしな。」
「えぇー?ひっどいなぁ……
俺、結構本気だったんだけどー?」
軽い調子で言いながらも、その瞳にはどこか鋭い光が宿っている。
アストはその雰囲気に圧倒され、ミアはアストの背中に隠れるように身を寄せた。
「兄様……あなたという人は……」
ルシアナが額を押さえ、深いため息をついた。
「リリア様がお困りではないですか……
もう少し、“聖法騎士団団長”としての自覚をお持ちください。」
「えっ……。」
「団長……?」
アストとミアは同時に声を漏らした。
騎士は二人へ向き直ると、ふわりと笑い軽く手を挙げた。
「はじめまして、で合ってるかな?
俺は聖法騎士団団長、レイナード・ドゥラド・ライオネス。
以後、お見知り置きを。
あー、お堅いのは好きじゃないから“レイナード”でいいよ。」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしく……お願い、します。」
アストとミアは恐る恐る頭を下げた。
レイナードは軽く笑い、静かにアストの横に立つと肩を軽く叩いた。
「いやぁ、君がアストくんか。
俺の可愛い妹は、お役に立てているかい?
それにしても……あのリリアがこれほど気に入るなんて……
俺も、君たちの旅に同行してみようかな?」
「戯れはおやめください……まったく……」
ルシアナは呆れたように声を上げる。
リリアはそんな二人を横目に、静かに腕を組んだ。
「レイナード。
お前の軽口は昔から変わらんな。」
「ははは。
褒め言葉として受け取っておくよ。」
軽口を叩きながらも、レイナードの視線は鋭く周囲を観察していた。
その眼差しは、軽薄さの裏に隠された“団長としての威厳”を感じさせる。
そんなやりとりの最中──
「……レイナード様を受け入れればよいものを……
高貴な血が穢れるではないか……。」
神官の一人が、短刀を覗き込みながら小さく呟いた。
だが、その声は静かな大聖堂に響き、全員の耳に届いた。
その瞬間──
凍てつくような空気が張り詰める。
リリアとレイナードの視線が、その神官へ向け重なった。
先ほどまでの柔らかい雰囲気は瞬時に消え、まるで鋭利な刃を突きつけるように、冷たく刺す眼光が空間を貫いた。
「今……なんと言った?」
リリアの声は低く、冷たく、震えを余儀なくされるほどの威圧を帯びていた。
「ひっ……あッ、いえ!……その……!」
神官は慌てて言い訳をしようとするが、言葉が続かない。
レイナードも、先ほどの軽薄さが嘘のように表情を固く引き締めた。
「君……それは失言だねぇ。
よりにもよって、この場で……
愚か、と言わざるを得ないな。」
神官は青ざめ、震えながら後ずさる。
リリアはゆっくりと歩み寄り、冷たい瞳で神官を見下ろした。
「貴様……
先の会議でも“ミアに利用価値がある”と言っていた者だな。」
神官の顔から血の気が引いた。
全身から熱が失われるようにみるみる青ざめていく。
「そ、それは……!違っ……!」
「……黙れ。」
リリアの一言は、大聖堂に響き渡る。
「末席とは言え……
ルベリオス家に名を連ねる者が“血が穢れる“だと?
貴様には“暇”をやろう──
どこへなりと消え失せるがいい。」
その言葉は、事実上の追放宣告だった。
「そっ、そんな……!
お許しください!リリア様!」
神官は涙を流し、必死に許しを乞う。
しかし、リリアの瞳は一切揺らがなかった。
レイナードも静かに言葉を添える。
「リリアの決定は、この場の全てに優先される。
それに、君のような者を置いておくわけにはいかない。」
神官は、その場に成す術なく崩れ落ちた。
しばらく放心したのち、彼は屍人のようにその場を去っていった。
大聖堂には、重い沈黙が落ちた。
アストは息を呑み、ミアはアストの腕にしがみつく。
ルシアナは目を伏せ、カンナは拳を握り、少し震えていた。
「“追放“は、さすがにやりすぎではないのか?」
さすがのハンスも、その口調は重い。
「いいや?我々にとって──
特にルベリオス家にとっては、それ程に重大な発言なのさ。」
レイナードは両掌で天を仰ぎ首を振った。
リリアはアストたちへ向き直ると、静かに息を吐いた。
「……すまないな。
お前たちに不快な思いをさせてしまった。」
その声は先ほどの冷たさとは違い、どこか柔らかかった。
だが──
この事件が、のちに起こる悲劇の幕開けになることを、この場の誰も予見することはできなかった。




