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第36話 北部遺跡

 淡い白と薄い緑が混ざり合う世界。

 そこは、冬の厳しさを残す北方の大地。


 魔導艇の甲板に立つハンスの頬を、冷たい風が撫でていく。

 それは、彼の高鳴る鼓動を静かに落ち着かせるような風だった。


 「……いい気分だ。

  北方に行くのは久しぶりだな。」


 ハンスは目を細め、遠く広がる雪衣の大地を見渡していた。


 果てしなく続く雪解けの平原と、その合間を縫うように走る黒い岩肌。

 点々と姿を見せる生き生きとした野生の獣たちは、星の衰弱を忘れさせてくれるようだった。


 ミアは窓に張りつき、目を輝かせた。

 「すごい……!

  こんな景色、初めて見た……」


 「北部は厳しい土地のようだが……

  その分、生息する生き物が逞しいな。」

 ルシアナが静かに感嘆の声を漏らす。


 アストは黙って外を見つめていた。

 その胸には、言葉にできないざわつきと期待がある。


 父もこの景色を眺めていたのだろうか。

 そんな想いを胸の奥にそっと抱いていた。


 そこへ、カンナの声が船内に響き渡る。

 「皆さん、見えてきましたよーッ!」


 「おお!あれが北部遺跡か!」

 待ち侘びたように声を上げるハンス。


 「……相変わらず元気ですね、彼は……」

 ルシアナは、呆れたように呟いた。


 「そうだね。僕たちも行こうか。」

 「うん!」


 甲板に立つ彼の声は、船内にも届いていた。

 アストたちは顔を見合わせて肩をすくめると、急いで甲板へ向かう。


 そこに広がっていたのは──

 エルフェリオンの遺跡とはまったく異なる、無骨で荒々しい気配を纏った巨大な構造物だった。


 「……あれが、ドワルギアの遺跡……」


 ミアは静かに遺跡を見据えた。

 少し震えるその肩を支えながら、アストの胸は早まる鼓動に揺らされていた。


 黒鉄のような黒い岩で組まれた外壁は、雪と風に削られながらも、なお屹立する。

 その表面には、古代語らしき刻印が無数に刻まれていた。


 「かなり雰囲気が違うな……」

 アストは静かに囁いた。


 エルフェリオンの遺跡が“神聖”を思わせるなら、この遺跡は“力”と“警告”を思わせた。


 「あちらは“守り”の気配を感じたが……

  ここは……なんというか、“拒絶”のようだな……」

 そう呟くルシアナの声は、警戒するように低い。


 カンナは、魔導艇を遺跡の近くへ静かに着地させる。

 ハンスは甲板から、険しい表情を浮かべて周囲に目を凝らした。


 「……問題なさそうだ。

  みんな、降りても構わんぞ。」


 ハンスの合図を受けて、アストたちは船から降りた。


 「魔導艇は俺とカンナに任せろ。

  何かあれば、すぐに俺たちを呼べ。」


 彼が力強くそう言うと、カンナも胸を張ってそれに続いた。


 「はい、任せてください!」


 「頼みます、ハンス。カンナも。」

 アストが深く頷く。


 「行ってきます。」

 「行ってきまーす!」


 ルシアナとミアも軽く手を振り、三人は遺跡の入口へと向かった。


 入口は、巨大な黒岩の門が半ば崩れたような形をしており、その隙間からは冷ややかな風が漂っている。

 それはまるで、内部に“何か”が眠っていると囁いているようだった。


 「……行こう。」

 アストが一歩踏み出した。


 遺跡の内部は薄暗い──

 目を凝らすと、壁には古代の壁画がびっしりと描かれている。


 ミアが壁に近づき、そっと触れた。

 「すごい……でもこれ……

  エルフェリオンの壁画と全然違う……」


 「本当だな……

  何か……どこか荒々しいような……」


 ルシアナが灯りを掲げ周囲を照らす。

 その明かりは、壁画の内容をはっきりと浮かび上がらせた。


 そこに描かれていたのは──


 『調停者』

 『破壊』

 『世界の衰退』


 エルフェリオンの“守護”や“導き”とは対照的な、重く、禍々しい言葉の数々。

 後世に遺すというよりは、知らしめるような、そんな雰囲気を滲ませていた。


 「なんか……嫌な感じだ。」

 アストは、眉を寄せて壁画を見上げた。


 「伝承を書き殴ったような……

  強い、畏怖の念を滲ませた壁画だな……」

 ルシアナが、壁画を眺めながら呟く。


 三人は例の扉を目指しつつ、他にも情報がないか周辺を調べていた。

 その時、ふとルシアナは壁際の石碑に目を留める。


 「おい、アスト!これを見てくれ!」


 彼女に呼ばれ、アストが駆け寄る。

 その石碑には、古代文字がびっしりと刻まれていた。


 「……これは……」


 アストは砂埃を払いながら、慎重に読み上げる。


 『この星に生きる民──

  原初の人類、アルドワーフ・アルエルフ・アルティリス……』


 「あちらでは、読めなかった部分……

  ……アルティリス……初めて聞く種だ。」


 アストは息を呑み、ミアは首を傾げる。


 「アル……ティリス?

  そんな種族、いないよね……?」


 「ああ。私も知らない。

  歴史に詳しくはないが、初めて聞くぞ……」


 ルシアナも眉を寄せ、深く考え込む。

 アストは石碑をなぞり、ゆっくりと息を吸った。


 「ああ。父さんの資料にもない……

  でも……ここにははっきり刻まれている。」


 「神様……じゃない、守護者は……

  伝承の救済者や調停者とは別なのかな……?

  だとしたら、私はいったい……何者なの……?」


 不安げに声を震わせるミアの手を、アストはそっと包み込んだ。


 「心配ないよ。

  どんな真実があっても、僕らは傍にいる。」


 ミアは小さく頷く。

 ルシアナも、そっと彼女の頭を撫でた。


 「何が起きても、私が守ってやる。」


 「ふふ。二人ともありがとう。」

 その優しさに、ミアはふわりと微笑む。


 ルシアナは表情を引き締めると、石碑を見つめながら呟いた。


 「それにしても……

  今は亡き種族か。本当にそんなものが……」


 「扉に関わる遺跡には、世界の始まりが描かれている……

  やはりここにも、伝承や世界の、真実の一端があるんだ。」


 アストの声には、新たな期待が宿る。


 「行こう。父さんの資料によれば……

  この奥に、壁のような扉があるはずだ。」


 三人は慎重に、しかし確かな足取りで遺跡の奥へと進んでいく。

 冷たい空気が肌を刺し、遠く響く足音が石の空間に反響していた。


 「……ここか?」

 ルシアナが足を止める。


 薄暗い通路を抜けた先に、巨大な壁が姿を現した。

 それはまさに、レオンが父の資料から見つけた“扉のような壁”だった。


 「ああ。ここで間違いなさそうだ。」


 アストは思わず息を呑む。


 伝承研究の権威──父、ブライト。

 彼も越えられなかったその扉が、今アストたちの目の前に、静かに聳え立っていた。



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