第33話 立場と友情
張り詰める空気が漂う廊下。
アストとミアは早まる脈を落ち着けながら、案内の兵について歩く。
「ううむ。不思議なものだ。
見慣れたこの景色も、立場が違えば新鮮に見える。」
一方のハンスは、まるで観光を楽しむ旅行者のように、じっくりと辺りを見回していた。
やがて──
帝国軍本部の奥深く、目的の部屋が現れた。
「元帥閣下。御三方をお連れしました。」
「ああ。入ってくれ。」
重厚な扉が静かに開かれ、三人は元帥の執務室へと案内される。
室内は広く、壁には帝国の紋章が掲げられ、窓から差し込む陽光が、黒鉄の机を淡く照らしている。
その中央──
かつての友にして、現帝国の頂点。
帝国軍元帥、エリオット・ホーガンがいた。
「……ハンス。」
「エリオット……」
二人は言葉より先に歩み寄り、固く握手を交わした。
命を賭す者同士が戦場で交わした信頼と、討つ側、討たれる側として対峙していたかもしれないという覚悟。
力強く握られた互いの手には、様々な想いが溢れていた。
「あの最前線で五体満足とは……
さすがはドワーガ帝国の誇る“戦神”だ。」
エリオットの声は、かつての友としての温度を取り戻していた。
「お互いにな。
しかし……お前が元帥とは……
まったくもって似合わんな。ははは。」
「はあ……それを言うな。
俺だって好きでやっているわけじゃない。」
エリオットは、頭を掻きながら呟く。
短い冗談の応酬。
だがその裏にある“再会の喜び”は、側にいる二人にも伝わってきた。
アストとミアは一歩前に出て頭を下げる。
「はじめまして。アストです。」
「ミ、ミアです……はじめまして。」
エリオットは柔らかく微笑んだ。
「エリオット・ホーガンだ。
気軽にエリオットと呼んでくれ、よろしく頼む。
むさ苦しいところで悪いが、気を遣わず何でも相談してくれ。」
挨拶を終えると、アストは表情を引き締め、現状についての話を切り出した。
「実は……遺跡の件で、お話があります。」
「遺跡……何かあるのか?」
エリオットの瞳がわずかに鋭さを帯びる。
アストは頷き、ミアと視線を交わした。
「はい。聖王国付近の遺跡で見つけた“短刀”──
それと同じものが、ドワーガ北部の遺跡にも眠っている可能性が高いんです。」
エリオットは机に手を置き、深く息を吐いた。
「……短刀?それは重要なものなのか?」
「ええ。ミアの……
伝承の真実に近づく、手がかりの一つです。」
「……なるほど。
それは、急ぎ向かった方がいいな……
だが、この情報は軽々しく扱えるものではないぞ。」
「もちろんです。」
アストは真剣な眼差しで続けた。
「短刀の存在は、限られた協力者に絞って共有します。
不用意に広まれば混乱を招きかねない……
できれば、エリオットさんだけに留めていただけると助かります。」
エリオットは静かに頷いた。
「ああ、そうだな。
ひとまず、こちら側は俺だけで構わん。
遺跡の調査については、俺から周辺諸国へ伝令を出す。
お前たちの行動に邪魔が入らないよう、正式に“保護対象”としてな。」
ミアがほっと息をつく。
「保護ってことは……
私たち、もう隠れなくていいの?
もしかして、他の国も出歩ける……?」
「ああ。世界中とまではいかないが……
帝国の力が及ぶ、近隣諸国なら大丈夫だ。」
「やったね、アスト!
ありがとう、エリオットさん!」
笑顔を浮かべて喜ぶミアに、エリオットもそっと微笑んだ。
だが少し間を空けて、その表情は厳しく引き締まる。
「──さて。
次は、ハンス……お前の処遇についてだ。」
室内の空気がわずかに重くなる。
ハンスは腕を組み、軽く鼻を鳴らした。
「処遇か、聞くだけ聞いておこう。」
彼の様子に、エリオットは苦笑しつつも真剣な声で告げた。
「まず……大将の任は解く。」
アストとミアが息を呑む。
ハンスは眉一つ動かさず、ただ静かに聞いていた。
「今の帝国軍にとって、お前は“戦神”ではなく“恐怖”の象徴だ。
このまま大将として置いておくには、あまりに影響が大きすぎる。」
「……まあ、そうだろうな。」
ハンスは淡々と彼の言葉を受け止めた。
そのままエリオットは続ける。
「だが、安心しろ。
お前を切り捨てるつもりはない。
──むしろ、大いに活躍してもらうぞ。」
アストとミアが顔を上げる。
「今この時をもって、“特務監察官”に任命する。
名目上はアストとミアの監視役だが……
実際は、お前が彼らと共に旅を続けられるようにするためだ。」
「……おいおい。そんな都合のいい役職……」
ハンスが目を丸くすると、エリオットは肩をすくめた。
「暫定とはいえ、今は俺が元帥だ。
必要なら、役職の一つや二つどうとでもしてやるさ。」
彼の突飛な図らいに、豪快に笑うハンス。
「はははっ!さすが我が友だ。
やっぱりお前は、昔から頼りになるな。」
アストとミアも、再び笑顔を浮かべた。
「これからも一緒に旅ができますね!」
「よかったね、ハンス!
嬉しい!きっとルシアナも喜ぶよ!」
「お前たちを、守ると誓ったからな。」
ハンスがそう言うと、三人は互いの顔を見合わせて頷いた。
そんな三人の姿に、エリオットは静かに笑みを浮かべながら力強く告げる。
「……頼んだぞ、ハンス。
彼らを守り、導いてやってくれ。」
「当然だ。
俺の命に代えても、二人を守る。」
ハンスの表情は、いつになく真剣な眼差しを湛えていた。
彼のその言葉とエリオットの気遣いに、アストとミアも胸を熱くする。
立場は変わり、背負うものも変わった。
それでも──互いに育んだ友情や絆は変わらない。
エリオットは机の上の書類を整え、三人に向き直る。
「遺跡の調査は正式に許可する。
準備が整い次第、北部の遺跡へ向かってくれ。」
ハンスは敬礼し、アストとミアも深く頭を下げた。
エリオットに別れを告げ、帝国軍本部を後にした三人は、ひとまず遺跡探索の準備をするため市場へ向かい歩き出す。
気持ちを新たに、彼らの旅路は続いていく。
遺跡に眠るのは真実への道しるべか、はたまた新たな試練か。
──今はまだわからないままに。




