第28話 唸る漆黒の槍
巨槍着弾から数分後──
爆心地に到着したハンスは、視界の先に広がる光景に言葉を失った。
目の前には溶け焦げた大地。
そこに散らばる崩れた武装艇の残骸と、転がる兵士の亡骸。
焦げついた風が運ぶ鉄と血の匂いは、鼻を通して戦場の不快な現実を突きつける。
「……っ……!
ここまでするのか……!」
純粋な怒りと帝国への哀惜が絡み合い、滲み出すような声が喉の奥から漏れた。
“グングニル”は本来、艦隊を無力化するための対艦兵器。
それを地上に──ましてや味方が混在する前線に撃ち込むなど、正気の沙汰ではない。
「親父殿……
いや、元帥アドルフ・オルデイン……!」
ハンスは血が滲むほど拳を固く握りしめる。
胸を焦がす怒りと、込み上げる悔しさに、その拳は静かに震えていた。
「……あなたは、もう……
人ではなくなってしまったんだな……」
微かな希望を諦めるように呟くハンス──
その瞬間、彼は自身の中で、何かが静かに爆ぜるのを感じた。
「──俺が、奴を討つ。」
この狂気を止め、地獄を終わらせるため。
ハンスの胸に微かに残る父への情は、憤怒の炎に焼かれて消えた。
ハンスは瓦礫の中に転がっていた武装艇の残骸へと歩み寄った。
その側面に取り付けられた魔力障壁展開部を、武装義肢の手で鷲掴む。
「すまんが……持っていくぞ。」
彼は、傍に横たわる無惨な亡骸に向け呟いた。
硬い接合部が軋み、悲鳴を上げる。
次の瞬間、ハンスはそれを“片手で”引き剥がした。
常人ならば剥がすことはおろか、とても一人では持ち運べない。
だがハンスは、それを盾のように抱え込むと、自身の武装義肢を通して大気魔力を流し込んだ。
すると障壁展開部が反応し、淡い光が広がり始める。
魔力障壁が、ハンスの周囲に幾重にも重なる半球状の盾を形成した。
「よし……問題ないな。」
彼はもう片方の手──
聖岩の籠手に意識を集中させる。
聖石が光を放ち、大地が震えた。
地面がひび割れながら砂塵が舞い上がり、大気魔力が嵐のように唸りを上げる。
「……来い。」
大地の奥深くから、巨岩の塊が溶岩のように噴き上がり、ハンスの腕へと収束していく。
そしてそれは形を成し、やがて巨大な岩の槍となった。
“聖岩槍バサルト”──
現れた槍はハンスに呼応し、常軌を逸した高密度で漆黒に染まる。
常人ならば押し潰されるほどの質量──だがハンスはそれを、片手で軽々と持ち上げた。
「行くぞ……!」
その姿はまるで戦艦。
敵から見れば、地獄から這い出た悪魔と呼べる威容だった。
◆◆◆
その頃、帝国軍後方──
「グングニルの再装填を急げ!!」
「奴らに反撃の暇を与えるな!」
「魔力炉、出力安定!……照準合わせます!」
帝国軍は、連合軍を壊滅させた勢いのまま、第二射の準備を進めていた。
「これで終わりだ……連合軍など──」
指揮官が言いかけた、その時だった。
「……な、なんだあれは……?」
兵士の一人が、何かに気づき声を上げた。
前方から、砂塵を割って“大きな何か”が歩いてくる。
最初は砂塵に滲む影だった。
だが、近づくにつれ、その輪郭がはっきりしていく。
「……人間……なのか……?」
周囲を囲む巨大な障壁と、その手に抱える常軌を逸した漆黒の巨槍。
銃撃も砲撃も弾き返しながら、ただ真っ直ぐに歩いてくる人影。
「おい!……なんだあれは……!」
「戦神……!?いや……化け物だ……!!」
「グングニルを撃て!!……奴を止めろ!!」
帝国兵たちは恐怖に駆られ、銃撃を浴びせ続ける。
だが、そのすべてが強固な障壁に弾かれ、火花を散らすだけだった。
「グングニル、再装填完了!!」
「照準、敵影に固定──発射準備!!」
帝国軍の魔導バリスタが、再び赤黒い光を帯び始める。
「撃てえええ!!」
「──無駄だ。」
ハンスの声が、重く戦場に響いた。
彼は漆黒のバサルトを構えると、全身から凄まじい魔蒸気を噴き上げ撃ち放つ。
「──うぉぉおおおああああーッ!!」
その足は大地を砕き、その声は空気を裂く。
そして、漆黒を纏った“聖岩槍バサルト“が、轟音を置き去りにして飛翔した。
その速度は、もはや目で追えない。
空間を切り裂き、一直線に帝国軍の魔導バリスタへ向け突き抜ける。
そして次の瞬間──
眩い灼光を纏うグングニルと、漆黒の軌跡を従えるバサルトが空中で衝突した。
「────ッ!!」
世界が白光に染まる。
次の瞬間、爆風が荒野を薙ぎ払った。
魔導バリスタは跡形もなく吹き飛び、周囲の兵士たちは衝撃波により転倒する。
「バ、バリスタが……!」
「グングニルが……相殺された……!?」
「嘘だろ……化け物めえええ……!!」
帝国軍は恐怖に震えた──
その様を一人、静かに見据えるハンス。
その姿は、まさに“戦神”そのものだった。




