第29話 命を賭す矜持
“戦神の一撃”──
それは戦場の空気を一変させた。
荒野に立ち込めていた焦げた風が、まるで怯えたように流れを変える。
帝国軍の兵士たちは、砂塵の中で暴れる“戦神”の姿に声を失っていた。
「やはり無理だったんだ……」
「あんな化け物……討伐できるわけがない!」
「なんだよ、あの……デカい槍は……!」
恐怖と混乱が、水面に打たれた波紋のように、帝国軍全体に広がっていく。
反面、連合軍の兵士たちは、砂塵の中に立つハンスの姿を見て息を呑んだ。
「……ハンス殿だ……!」
「戦神が来てくれた……!!」
「奴らが怯んでる、今が好機だ!!」
彼らの士気は爆発的に回復し、連合軍は再び戦線を押し返し始めた。
ハンスは魔力障壁を展開したまま、残るバリスタを撃ち抜いていく。
そして、次々と迫る魔導砲部隊にも漆黒の槍を突き立てた。
「──邪魔だ。」
その一言とともに漆黒の槍が振るわれるたび、帝国軍の陣形は無様に崩れていく。
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うことしかできなかった。
「グングニルは……!!」
「だ、駄目です!!バリスタが、全て……
全て、潰されてしまいました……!!」
帝国軍の指揮官たちは焦り、怯え、無様に叫ぶ。
誰もが慌てふためき冷静ではいられず、もはや戦況は完全に、連合軍優勢へと傾いていた。
だが、この戦いはまだ終わらない。
戦神が敵の注意を釘付けにしている最中──
戦線の端に、敵陣へ向かう数機の騎乗艇の影があった。
「全員ついてこい!ここが勝負だ!!」
低く鋭い声が響く──
声の主は、エリオット・ホーガンだった。
彼は大戦の裏で、情報戦・攪乱・補給線破壊を担っていた。
そのまま部下数名を引き連れ、敵軍の裏をかくようにして帝国軍本隊へと向かう。
「あいつが前線を引き付けている……
本艦を叩くなら、今しかない……!」
騎乗艇は砂塵を巻き上げながら、帝国軍の防衛網を潜り抜けていく。
「……っ!?連合軍だ!!」
「なにをやっている……!早く止めろ!!」
「くそっ、どこから湧いて──!」
気づいた帝国軍の兵に向けてエリオットは迷いなく機銃を抜き、元は部下だった彼らを撃ち伏せながら進む。
「邪魔をするな……!
──立ち塞がるなら容赦なく撃つ!!」
その声には、純然たる覚悟があった。
◆◆◆
──その頃。
帝国軍本隊の最奥に構える重厚な戦艦の中で、アドルフは護衛もつけず、一人静かに座していた。
「……愚か者どもが。
この私に……帝国に刃向かうとは……」
アドルフは冷ややかに呟き、外で繰り広げられる混乱を一瞥する。
──その時、激しい音を立て、司令室の扉がこじ開けられた。
「終わりだ、アドルフ!!」
エリオットが剣を構え、数名の部下が後ろに続く。
しかし、アドルフは眉一つ動かさず、彼らを見据えて立ち上がった。
「……蛮族め。」
低く静かに呟くアドルフ。
そこへ、エリオットが踏み込んだ。
「大人しく投降しろ!
これ以上は……無意味だ。」
エリオットの部下に拘束された彼は膝を折られ、崩れるように床に伏せた。
しかし、どこか違和感を覚える──なぜ“元帥が護衛も無しに一人でいるのか”と。
「あなた一人か?
護衛はどうした……?」
「……」
彼は不気味に黙り、ただ俯く。
「このままでは帝国に未来はない……
何を企んでいるかは知らんが、あなたはここまでだ。」
エリオットは静かに告げ、アドルフの喉元に刃を突き立てた。
「──終わりだ、アドルフ。」
「ふふ……はっ!
……はーっははははっ!」
突然、アドルフは高らかに笑い始めた。
そして不敵な笑みを浮かべると、淡々と言葉を紡ぐ。
「人としての心、か。……面白い。
貴様のその“矜持“──
この世界でどこまで通用するか……地獄で見ているぞ。」
そう告げたアドルフの胸の奥からは、赤黒い発光と共に“何かの作動音”が鈍く響く。
その瞬間──
周囲を爆炎が包み込む。
そして激しい揺れと共に、艦内には轟音が響き渡った。
「──っ!!!」
「──大佐──!!」
爆炎が収まると──
周囲は焼け焦げ、黒炭になった亡骸が転がる。
エリオットは無事だった。
仲間の一人が咄嗟に簡易障壁を展開したことで、彼は爆炎から免れていた。
しかし、アドルフを拘束していた部下たちには、爆炎が直撃してしまっていた。
「……くそ……!!」
唇を固く噛み締めるエリオットだったが、彼にはやるべきことが残っている。
このまま、ここで立ち竦んでいる訳にはいかなかった。
アドルフだった残骸から、焼け残った徽章を拾い上げるエリオット。
彼は崩れる戦艦から飛び出し、徽章を掲げ高らかに宣言する。
「元帥は自害したっ!!
──連合軍の勝利だあああッ!!!」
その声は荒野一帯に響き渡った。
それは、戦禍の中心で暴れる“戦神”の耳にも届く。
「親父殿……最期に自死を選んだか……
俺がこの手で、引導を渡したかったが……」
ハンスは戦争の終結を喜びつつも、拳を固く握り、その悔しさを滲ませた。
「元帥閣下が……!?」
「……そんな、まさか……」
「自害だと……!?どういうことだ……」
帝国軍の兵士たちはその場で立ち竦む。
皆が声にならない言葉を呟きながら、静かに崩れ落ちた。
戦友、救済者、そして国を──
世界の秩序を守ると誓った英雄たちは、この日、歴史に一つの転換点を刻み込んだ。
「……終わったな……」
エリオットの声は風音に溶ける。
荒野に吹くその風には、もはや血と鉄の匂いはなくなっていた。
命を賭して戦った、兵士たちの頬を慰めるように撫でる──そんな静かな風だった。




