第26話 迫る大牙、唸る咆哮
砂塵が地平線を覆い尽くす。
大地を震わせる轟音が、遠くアルヴェリアの街にまで響き渡っていた。
そして、巻き上がる砂塵の元には、群れを成す野獣のような黒鉄の影。
「来たか……!」
連合軍の兵たちは息を呑む。
その光景はさながら、黒い津波が大地を呑み込みながら迫り来るようだった。
──帝国軍の大艦隊。
鋼鉄を纏う重装兵、武装した魔導艇、飛空艇部隊。
そして数万の兵士を載せた魔導戦艦が、砂嵐を巻き上げながら進軍する。
「……覚悟を決めろ。」
「我らが、この救いの地を守る砦だ。」
アルヴェリア国境付近の丘──
そこに立つ連合軍の兵士たちは、静かに衝突の時を待ち構えていた。
だが、そこに恐れはない。
アルヴェリア自衛軍、帝国反乱部隊、そして数多の志願兵──
彼らは皆、相応の覚悟を決めてここに立っている。
魔導機兵や武装艇が低く唸りを上げ、魔力炉の光が深赤を帯びて脈動する。
兵士たちの顔には、恐怖ではなく、熱い信念と決意が宿っていた。
「帝国軍、距離五千……接近中!」
「全軍、迎撃準備!──迎え撃つぞ!!」
総隊長オリバーの号令が響き渡る。
アルヴェリアの空気が震え、両軍の正義は、ついに衝突する瞬間を迎えようとしていた。
◆◆◆
戦火に晒される前線──
その知らせは、すぐに国中へ広がった。
「帝国軍……ついに来たか……」
宿の一室で、アストは息を呑む。
ルシアナもミアも、緊張に顔を強張らせていた。
部屋の隅で腕を組むハンス。
深く息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「……俺も行かねばな。」
その声はいつもの豪快さとは違い、静かに重く響いていた。
「ハンス……
あなた一人で行くつもりですか?」
ルシアナの顔が強張る。
ハンスは彼女の肩に手を置き、真っ直ぐにその目を見た。
「ルシアナ……アストとミアを頼むぞ。」
「……っ……!」
ルシアナの瞳が揺れる。
彼女は、身も心も強い──
だが、家族のように慕うハンスを戦場へ送り出すことは、胸が張り裂けるほど辛かった。
ミアは俯き、震える声で呟く。
「……私のせいで……ハンスが……」
その言葉に、ハンスは豪快な笑みを浮かべた。
「はははっ!馬鹿を言え!
これは俺自身が招いたことだ……お前のせいじゃない。
むしろ──お前たちがいるから、俺は勝てると信じている。」
ミアは顔を上げ、ハンスの目をまっすぐ見つめる。
彼の瞳は、いつもと変わらず優しく、そして力強かった。
「心配するな、必ず無事に戻る。
お前たちの居る場所が俺の帰る場所だ。
だから──お前たちは絶対に生き延びろ。」
アストが拳を握りしめた。
「……ハンス。僕も戦います……!」
「駄目だ。」
ハンスは即座に言い切った。
「お前の役目は他にある。
──鍵の謎を解き、ミアを守り抜くことだ。」
アストは言葉を失い、悔しさを滲ませた。
だが、ハンスが正しいことは痛いほど分かっている。
「……分かり、ました。」
「頼んだぞ。」
ハンスは、リリアから託された聖岩の籠手に手を添えた。
籠手は戦地へ向かう彼を鼓舞するように、淡い光を帯びている。
「──行ってくる。」
そう言って、ハンスは振り返らずに部屋を出た。
重く閉まる扉を見つめるミア──
彼女は小さく、しかし強い想いを込めて呟いた。
「……待ってるから……!」
ルシアナは、ミアの肩にそっと手を添え、静かに抱き寄せた。
彼女もまた、「必ず帰って来てください」と、心の中で祈るように呟いていた。
拳を握り締め、ふと窓の外へ目をやるアスト。
その視線の先には、空を覆うように砂塵が舞う──
そして帝国軍の砲撃らしき轟音が、アルヴェリア中の空気を震わせた。
「……始まった……」
誰に向けたものでもないその言葉は、鳴り止まない轟音に溶けるように消えた。
◆◆◆
──その頃。
ハンスは戦場へ続く道を、ただ一人駆けていた。
漂う砂塵と共に、遠くからは両軍の砲撃音が轟々と響いている。
「みな、耐えてくれ……!」
その身に纏う武装義肢が獣のように唸る。
機関部から噴き上がる魔蒸気は、静かな怒りを燃やす狼煙のように、濃白に立ち昇っていた。
救いの地に、容赦なく迫る帝国の大牙──
それを迎え撃つ連合軍の唸る咆哮──
今ここに、歴史を揺るがす大戦の火蓋が切って落とされた。




