第25話 牙を剥く帝国
連合軍の発起から数日後──
「……おい!それはどういうことだ!?」
「いや、突然のことで私も詳しくは……!」
帝国軍幹部たちが、声を張り上げて駆け回る。
この日もたらされたある一報により、帝国の中枢には衝撃が駆け抜けた。
反乱分子とアルヴェリア自衛軍による連合軍結成──
その報は、ドワーガ帝国軍にとってはまさに青天の霹靂と言えた。
「錚々たる面々だな……」
広間の入り口に控える兵が小さく声を漏らす。
重厚な石壁に囲まれたその部屋は、本来規律と沈黙が支配する場所──
だが今だけは、軍議の行われるその広間も、いつになく騒然となっていた。
ざわめき、怒号、焦り、そして恐怖。
帝国軍の幹部たちは皆一様に、隠しきれない動揺を浮かべていた。
「大将に続き……大佐も……!?」
「軍の幹部が立て続けに裏切るとは……!」
「反乱軍と中立国が手を組んだだと……!?」
「中立国の奴ら、この機を狙っていたのか……!」
誰もが声を潜めることを忘れ、口々に不安を吐き出していた。
かの帝国を導く統率者の面々とは思えない、情けない姿を晒す。
その中心に──
帝国軍元帥アドルフ・オルデインがいた。
常に鉄面皮を貫き、感情を表に出すことのないこの帝国の頂点。
だが今、アドルフの眉間には深い皺が刻み込まれていた。
「……残念だ。」
低く、重々しい声が広間に落ちる。
その瞬間──
醜声を晒す幹部たちは息を呑み、その場が静寂に包まれた。
アドルフはゆっくりと立ち上がり、冷たい眼光で全員を見渡す。
「先刻は、ハンス・オルデイン──
帝国の誇りであった男が反旗を翻した。
そして、エリオット・ホーガンまでもがそれに続いた。」
彼は、幹部たちに向け静かに手をかざす。
「──情けはいらぬ。」
その声は、広間の空気を重く震わせた。
「彼の地に巣喰う落人どもに鉄槌を下す。
奴らに懺悔の隙を与えるな──
帝国軍全勢力をもって、塵も残さず滅せよ。」
その瞬間、幹部たちは一斉に立ち上がり、怒号のような唸りを上げた。
「御意!!」
「連合軍を殲滅せよ!」
「アルヴェリアを焼き払え!」
帝国の大牙が剥き出しとなる。
ここに、歴史を揺るがす骨肉の争いが幕を開けたのだった。
◆◆◆
──その頃。
アルヴェリアの酒場では、まるで別世界のような笑い声が響いていた。
「はーっはっはっは!この酒はうまいな!」
豪快な笑い声とともにジョッキを煽るハンス。
今まさに帝国が牙を剥いたことなど、彼は露ほども知らない。
「……ほんとに、あなたという人は……」
ルシアナは呆れたようにため息をつく。
その姿は、無鉄砲な兄と怒りっぽい妹が並んでいるようにも見えた。
「ルシアナ、そんなに怒らないで……」
その横では、ミアが兄妹をなだめる母のように微笑んでいる。
「いいや、甘やかしてはだめだぞ。ミア。」
「でも……二人とも、すぐ喧嘩みたいになるから……」
その光景に、周囲の客たちも思わず肩をすくめ、賑やかな笑い声を漏らしていた。
「仲がいいねぇ、あんたら!」
「お嬢ちゃんのがしっかりしてらぁ!」
「はははっ。確かにな!」
「なっ!?うるさいぞ酔っ払いめ!」
客たちに向け顔を赤くするルシアナ。
酒場は、そんな温かい空気に包まれていた。
◆◆◆
一方──
アストは一人、レオンの家に訪れていた。
彼は短刀の謎を解くため、レオンと共に文献や集めた石碑の写しを読み漁る。
ふとレオンが呟いた。
「……やはり、これは鍵で間違いなさそうだ。」
アストは頷き、短刀を光にかざした。
刃に刻まれた溝は、武器としては不自然なほど複雑で、何かに“はめ込む”ための形状と考えるのが自然だった。
「あの子が居なければ開かない扉……そして、この鍵。
古代文明が、何かを封印するために造った可能性が高い……」
「封印……か。」
アストは息を呑む。
「どこかの施設の鍵なのか……
あるいは、もっと重大なものかもしれん。」
レオンは古い文献をめくりながら続けた。
「だが、確証はまだない。
手掛かりを求めるなら──他の遺跡も調べる必要があるな。」
短刀を握りしめるアスト。
「……行くしかないですね。」
レオンは静かに頷いた。
「おそらく、紋章に呼応して開く設計なんだろう。
反応を示す遺跡なら、必ず何かが見つかるはずだ。」
「明日、みんなと相談してみます。」
アストは決意を固めたように呟く。
「気をつけろよ、アスト。
そろそろ本格的に……帝国は、必ず動く。」
その言葉は、静かな重さを滲ませていた。
「はい……行ってきます。」
アストは頷き、短刀を鞄にしまうと彼の家を後にする。
街の中心に向かう夜道は、いつになく静かな空気が流れていた。
街を包む夜風は、穏やかに彼の頬を撫でる。
だが帝国の大牙は、すでにアストたちを含むアルヴェリア全土へ向けられている。
血に飢えた大牙が振り下ろされる瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた──




