第24話 救いの地に潜む影
ハンスと合流し宿へ戻ったアストたち。
レオンとの再会や、短刀の謎について一通り話し終えると、ひとまず休息を取ることにした。
「まさか、お前の身内にまで……
帝国はそこまで腐っていたのか……」
軍の大将であった誇りを揺るがす事実に、ハンスは憤りを覚えた。
「さすがに胸を焼かれる思いでしたよ……
でも……ミアのおかげで、彼も奥さんも救われました。」
アストはミアを見つめ優しく微笑んだ。
彼女は少し照れた様子で顔を背け、窓の外へ視線を逃す。
アルヴェリアの夜は静かで、魔導灯の淡い光が石畳を照らし、遠くからは酒場で飲み明かす住民の笑い声が微かに響いていた。
◆◆◆
その穏やかさの裏──
別の場所では、まったく異なる気配が蠢いていた。
「……急げ、もうすぐ始まるぞ。」
「待ってくれよ!」
闇夜の中、男たちは足早に駆けていく。
アルヴェリアの郊外を抜け、さらに少し離れた場所には崩れた建物や施設の跡が広がっている。
そこは、かつて栄えていた古い都市の残影の一つだった。
「あそこだ……
もうあんなに集まってる……」
「ほんとだ……俺たち思ったよりいるな。」
今は廃墟となり、崩れた石壁と折れた魔導灯が無残に残るだけの場所。
夜風が吹き抜けるたび、瓦礫がかすかに乾いた音を響かせ、まるで亡霊が何かを探し回る足音のようだった。
そこに潜む複数の影──
黒い外套をまとい、帝国軍の徽章を隠すようにして蠢く兵士たち。
彼らは一様に声を潜め、周囲を警戒しながら集まっている。
その中心に立っていたのは──
帝国軍大佐、エリオット・ホーガン。
先ほどまでハンスと路地で言葉を交わしていた男。
だが今は、帝国軍幹部としての顔で周囲の様子を見据えている。
「……全員揃ったようだな。」
エリオットの低い声は、廃墟の静寂を切り裂き広がる。
その周囲には、中隊一つ分ほどの兵士が集まっていた。
だが、その表情は帝国軍の規律ある兵士のものとは違うように見えた。
どこか迷いつつも、何か固い決意を秘めた目を湛えている。
「……諸君……」
エリオットは一歩前に出ると、厳しい様相で彼らを見渡した。
一人一人の顔を確認するようにゆっくりと視線を流す。
「この救いの地……
アルヴェリアに集まってくれたこと、心より感謝する。」
夜風が外套を揺らす。
彼は一呼吸置き、険しい表情で続けた。
「これより我々は……
帝国軍に背く行動を取ることになる。」
騒めきと共に、兵士たちの間に緊張が走る。
だが、誰一人として声を上げない。
その言葉が何を意味するのか、すでに理解しているようだった。
「諸君は、すでに覚悟を決めてくれたのだろう。
……だが、去りたい者は今のうちに去って構わん。
家族がいる者もある──ここにいる誰も、それを責めはしない。」
廃墟に、夜風の音が静かに響く。
その言葉を受けてなお、誰もが沈黙し動かない。
この場の誰もが、エリオットに背を向けることはない。
彼は静かに目を閉じる。
そして、呆れるように微かに笑った。
「……ふふっ……そうか。
──ならば!……共に行こう!!」
彼らは、ハンスを討つために集まった討伐隊ではない。
自らの立場を捨て、ハンスを守るために集まった同志たちだった。
「「おおおおおーっ!!」」
重なり合う雄叫びは怒号のように響く。
帝国軍内部には、ハンスを慕う者が少なくない。
彼の豪胆さ、仲間を見捨てない姿勢、そして“救済者の独占や暗殺“という帝国の腐敗に対し、一人真っ向から立ち向かった勇姿。
それらに心を動かされた者たちが、ここアルヴェリアへ──エリオットのもとへと集まっていた。
その時──
「これはまた……
随分と集まっているじゃないか。」
低く重厚な声と共に、廃屋の深い影から重い足音が夜気に響く。
現れたのは、アルヴェリア自衛軍の総隊長であるオリバー・クラインだった。
屈強な体格に、氷刃のごとき鋭い眼光──
彼は、中立国の軍人としては異例の威圧感を放っていた。
「なっ……!オリバー殿!?
なぜ、自衛軍トップのあなたが……」
エリオットは驚きの声を上げる
オリバーはゆっくりと歩み寄り、エリオットの横へ並び立つ。
緊迫した面持ちの同志たちを、見定めるように静かに見渡した。
「君たちに一つ、良い知らせを持ってきた。
我々──アルヴェリア自衛軍は、この作戦に全面協力する。」
彼の言葉に場の空気は響めき立つ。
同志たちは目を見開き、一斉に顔を見合わせた。
「中立国が……
帝国に刃向かうというのか……?
「この国に何のメリットがある……?」
誰とも知れない、疑心を帯びた呟きが投げかけられた。
しかし、彼らのその声を聞いてなお、オリバーは一切揺るがない。
「メリットか……そんなものはない。
我々は、帝国と聖王国、それに連なる周辺諸国の諍いによって棲家を奪われた。
しかし、諸悪の根源たる各国の要人どもは、そんなことを意にも介さん……」
その声には、微かな憤りを滲ませていた。
「だが彼は──ハンス殿だけは違った。」
オリバーの声は、夜気を震わせるほど重く、そして力強かった。
「彼は私財を投じ、我々を救い、守り、支えてくれた。
それは己のためでも……ましてや名誉のためでもない。
ただ“困っている者を助けたい”という、純然たる彼の正義だ。」
エリオットは静かに頷く。
「ハンスらしい」と心の中で呟いていた。
「それに、“帝国による救済者の独占”……
それは我が国にとっても、他人事ではないのでな。」
そう告げると、オリバーは拳を胸に当て、堂々たる声を響かせる。
それは周囲の空気を震わせ、まるで同志たちを奮い立たせるようだった。
「世界の危機に命をかける……
その“戦神“の姿に我々も報いるべき。
これが、アルヴェリア自衛軍の総意だ!!」
すると、廃墟の影に控えていた自衛軍の兵士たちが一斉に姿を現した。
彼らは帝国軍の同志たちを取り囲むと、胸に手を当て敬礼する。
「……こ、これは……」
その光景に、エリオットは胸に滾る熱を瞳に滲ませ顔を伏せた。
少し間を置き深く息を吐くと、ゆっくりと顔を上げて宣言する。
「今ここに……!
──反帝国部隊とアルヴェリア自衛軍の連合軍を結成する!!」
「「──うおおおおおおおーーっ!!!」」
その場の全員が声を上げ大地を揺らす。
轟く声に、廃墟の空気は激しく震えた。
誰もがこの瞬間──ここが歴史の転換点だと理解した。
エリオットは全員を見渡し告げた。
「目標はただ一つ!
ハンス・オルデインと、その仲間たちを守り抜くことだ!!」
同志たちの顔に、もう迷いはなかった。
「拠点はこの廃墟とし、水面下で帝国軍を牽制する。
同志諸君!──これより、速やかに行動を開始せよ!!」
エリオットの声が夜気に響き渡る。
その瞬間、廃墟の影が一斉に広がっていった。
反帝国部隊と中立国の連合軍は、静かに、しかし確実に牙を研ぎ始める。
救いの地──アルヴェリアに潜む影。
それはやがて、大きな唸りとなって世界を巻き込む火種となる。
そしてその中心には──
何も知らず静かに眠る、アストたちの姿があった。




