第23話 予期せぬ再会
ハンスを見送り一人佇むエリオット。
路地に響く街の喧騒に、しばし耳を傾ける。
「さて、軍人としての役目は果たした。
……問題はここからだ。忙しくなるな。」
低く呟いた彼は外套の裾を翻し、路地の奥に広がる闇へと姿を消した。
◆◆◆
その一方で。
宿を探していたアストたちは、街の中心部にある少し古びた宿に立ち寄っていた。
受付を済ませたあと、宿の主人に“遺跡や遺物に詳しい人物”について尋ねる。
「ちょっとお尋ねしたいのですが……
この辺りで学者の方、もしくは遺跡に詳しそうな人はご存知ないですか?」
アストの問いに、主人は眉を寄せ少し考え込んだ。
そして、何かを思い出したように顔を上げると、人懐っこい笑みを浮かべ答えてくれた。
「そうそう。そういえば……
郊外の古い家に最近越してきた人がいるんだよ。
あの人……確か何かの学者さんじゃなかったかなぁ。
もしかしたら、そういうのに詳しいかもしれんよ。」
「郊外か……
ありがとうございます。
一度、そちらを尋ねてみます。」
アストは主人に礼を言うと、ルシアナとミアへ向き直った。
「早速、今から行ってみよう。
その人に、あの遺跡やこの短刀について話を聞いてみたい。」
その提案に、ルシアナは珍しく怪訝な表情を浮かべたまま考え込むと、少し遠慮気味に口を開いた。
「……いや、知見を求めるのはいいが……
よく知らない人間に見せてしまっていいのか?」
アストは目を見開き一瞬固まる。
自分が、いつの間にか焦っていたことに気づき、軽く頭を掻きながら呟いた。
「……そうか。確かに危険かもな……
少し話をしてみて、問題なさそうなら見せることにするよ。」
その横でミアは何かを思い出したように呟く。
「また……アストが倒れたら嫌だから……
私のためなのは分かってるの。でも……」
「……大丈夫。ちゃんと気をつけるから。」
「……うん。」
その返事を聞いて、ミアは少し安心したように微笑む。
レオンとの一件は、まだミアの心に引っかかったまま、小さな棘を残していた。
三人は宿を後にすると、郊外へと足を運ぶ。
そこは中心部の喧騒とは打って変わり、静かな空気が漂っていた。
足に伝わる感触は、石畳からやがて土の小径へと変わり、風に揺れる草の匂いが漂う。
「……たしか、この辺りだと思うんだけど。」
「アスト、あれじゃないか?」
ルシアナの指差した先には、古びた家がぽつりと建っていた。
三人が近づくと、古いが綺麗に手入れされた佇まいをしている。
多少黒ずんだ白い壁は、年月を感じさせるものの、窓枠や扉は丁寧に磨かれていた。
「ここか……」
アストは深呼吸をして、古木で造られたドアを軽く叩いた。
耳触りの良い古木の音が辺りに薄く響く。
「はーい、ちょっとまって。今開けます。」
中からは、どこか聞き覚えのある声がした。
ドアが開き、覗いた顔を見た瞬間──アストは驚きのあまり声を上げる。
「……レ、レオンさん!?」
そこに居たのは、あのレオン・ギルバートだった。
「おおっ!……アストか……!
まさか、こんなところで会えるとは!」
レオンの顔に笑みが広がる。
アストは少し複雑な顔を浮かべるが、彼が無事でいたことは、それでも素直に嬉しかった。
「お久しぶりです。」
静かに口を開くアスト。
「あの時は……本当にすまなかった。」
レオンは笑みを浮かべつつ、少し申し訳なさそうに俯いていた。
その様子を、ミアは黙って聞いていた。
ルシアナの影にそっと身を寄せ、俯いた彼女の瞳は複雑な感情で揺らいでいる。
「……」
アストがレオンとの再会を喜ぶ気持ちは理解したい──
でもやはり、あの時の光景がふと脳裏をよぎってしまう。
あの出来事はミアにとって、今も胸の奥に深く刺さったままだった。
その怯えたような様子に、ルシアナが心配そうに声をかける。
「……ミア?どうした?」
「……ううん、何でもない。大丈夫だよ。」
震えた声でミアは答えた。
「そうか、わかった。
また、話したくなったらいつでも言ってくれ。」
ミアは小さく頷き、ルシアナの手をぎゅっと握った。
彼女は疑問を抱きつつも、ミアの手を包み込み、安心させるように微笑んだ。
その様子を見て、レオンは申し訳なさそうにミアを見つめた。
「……君との誓いは必ず守る。
今は難しいかもしれないが……信じてくれ。」
「……うん。」
ミアは俯いたまま小さく呟いた。
アストはそのやりとりを見て、あの時の、間違いを犯したレオンはもういないと確信した。
アストは苦笑いを浮かべ、遺跡や遺物について話をしたいと申し出る。
「少し話せませんか?
道中立ち寄った遺跡と、そこで手に入れたこの短刀について。」
「それは興味深いな……
よし、中へ入ってくれ。詳しく聞こう。」
レオンは頷き、三人を中へ招き入れた。
中へ入ると、そこは外観以上に整えられていた。
古い家具は丁寧に磨かれ、棚には古代の文献や遺物と思しき品々が並んでいる。
「ここなら落ち着いて話せる。」
レオンは椅子を勧め三人を座らせる。
「……じゃあ早速……」
「あ、その前に……
ここに来た訳を聞いても?」
アストは、レオンがなぜアルヴェリアにいるのかを尋ねた。
「ああ。構わんよ。
あの出来事があってから……
私と妻は、帝国から命を狙われると思ってな……ここへ亡命してきたんだ。
中立国であるこのアルヴェリアなら、帝国も簡単には手を出せないだろう。」
それを聞き、アストも安心したように頷く。
「色々ありましたけど……
とにかくお二人が無事で何よりです。
僕たちも、しばらくはここで周辺の遺跡を調べるつもりです。」
「そうか。三人とも大変だったな。
力になれることがあれば、なんでも言ってくれ。」
アストは頷き、鞄から短刀を取り出した。
「実は、これを見てもらいたくて……
短刀に見えるんですが、何だと思います?」
レオンの目が鋭く光る。
「これは……短刀、にしては歪だな。
この溝は……鍵のようにも見える……」
「やはり、レオンさんもそう思いますか……」
「聖法紋だけなら理解できるが……
この溝は、武器としては違和感がある。
儀式用の装飾剣とも考えられるが……鍵、のがしっくりくるな。」
レオンは深く息を吐き、静かに言った。
「これはもしかしたら……
何かの封印を解くためのものかもしれない……他には何があった?」
アストは、遺跡で起きた出来事の一部始終をレオンに語った──
「……共鳴する像と、“要の守護者”……か。」
「はい。遺跡には、ミア──
つまり救済者が居なければ、入れない部屋があるようです。」
「他の遺跡にもあったのか?」
「いえ……でも、開いたのは壁のような扉でした。
他にも、壁だと思って見過ごした扉があるのかもしれません。」
──しばらく沈黙し、考え込む二人。
「私も出来る範囲で調べてみよう。
ここにある文献や資料はいつでも好きに使ってくれ。」
そう言うと、レオンは家の合鍵をアストに渡した。
レオンの元を後にした三人は、一旦ハンスと合流する事にした。
そんな中、レオンとの再会を、まだ素直に受け入れられないミアの姿があった。
アストは何も言わず、そっと彼女の頭を撫でる。
その温もりだけが、ミアの揺れる心を静かに支えてくれていた──




