第22話 孤独を救う場所
そこは孤独だった人々が寄り添い合い、“いつのまにか国となった場所”。
──中立国アルヴェリア──
街並みはドワーガ帝国に似ているものの、様々な文化が混ざり合うことで、独自の雰囲気を漂わせていた。
石造りの建物の間には異国を思わせる布や旗が揺れ、爽やかで刺激的な香辛料の香りが風に乗って鼻を楽しませてくれる。
「……わぁ。変わった香りがするね。
アストは、ここには来たことあるの?」
ミアは目を輝かせて辺りを見回しながらアストに尋ねた。
「うん。かなり前だけどね。
僕が来たのは幼い頃だったから……
その頃も賑わってたけど、随分変わったなぁ。」
人々の服装も多様で、帝国風の軍服を模したものから聖王国由来の青白衣、さらには砂漠の民の色鮮やかな装いと、様々な文化が入り混じっていた。
国の名である“アルヴェリア”は古代語に由来しており、“救う場所”という意味を持つらしい。
大国同士の永い争いによって、住む場所を追われた者たちが集ったことからその名がついたと言われている。
「さすが、みんな逞しいな。」
ハンスは住民の活気に敬意を滲ませた。
「ええ。皆、何かを失っても……
生きることを諦めなかった人たちですからね。」
ルシアナの声にも同様に、彼らへの敬意が宿っていた。
アルヴェリアは二大文明に挟まれるように位置しており、現在は各国を繋ぐ交易の中継地点として栄えていた。
その役割のおかげで、大国に挟まれながらも“中立”という立場を保っている。
「みんな賑やかで、元気が出るね。」
アストは街の喧騒を見渡しながら呟いた。
「そうだな。
ただかつては、大国に挟まれ怯えていた時代もあったようだが。」
「そうなの……?
今はこんなに賑わってるのに?」
ルシアナの言葉に、ミアはきょとんとした顔で問いかけた。
「ああ。もう百年以上も前になるが……
自衛軍を設立し、この平穏を勝ち取った“英雄”がいたそうだ。
今は彼の孫にあたる人物が、その意志を継ぎこの国を守っていると聞く。」
そう答えるルシアナの瞳は、街の活気と、どこか寂しさを抱えた人々の影も滲ませているように見えた。
「とりあえず、宿を探そうか。」
「そうだな。」
アストとルシアナがそう言った時だった。
二人の後ろで立ち止まり、ハンスは肩をすくめて笑いながら言う。
「ルシアナがいれば問題ないな。
せっかくだ。俺は美味い酒でも探してくる。」
そう告げると、言葉を返す間も無く一人でどこかへ行ってしまった。
「えっ!ちょっと、ハンス!?
一人で行くなんて……!まったく……」
ルシアナは呆れたように溜め息をつく。
だがその表情は、彼から寄せられる信頼を少し喜んでいるようにも感じられた。
「ルシアナのこと、頼りにしてるんだよ。」
「うん、私もそう思う!」
アストが笑い、ミアも頷いた。
「それとこれとは話が別だ。」
ルシアナは照れを隠すように言い放った。
三人は宿探しのため、賑やかな通りを抜け街の奥へと歩いていった。
◆◆◆
その頃──
三人と別れたハンスは、目につく順に酒屋を物色して回る。
各国の酒が集うこの街は彼の胸を高鳴らせ、自然とその足を軽くさせていた。
──「おいっ!」
突然、背後から不躾な声が響いた。
ハンスが振り返ると、黒い外套に身を包む男が立っている。
身体全体を包む外套の隙間からは、帝国軍らしき軍服が覗いていた。
「なんだ?俺に何か用か?」
特に警戒する素振りもなく、ハンスは問いを投げつけた。
「ははっ。相変わらずだな、ハンス。」
男は呆れたように肩をすくめ、外套のフードを外す。
その顔を見た瞬間、ハンスは目を見開いた。
「なんだ!……エリオットか!」
男はハンスの友人であり、帝国軍大佐でもあるエリオット・ホーガン。
二人は軽く肩を抱き固く握手を交わすと、その再会を喜んだ。
「まったく……
探すのに苦労したぞ、ハンス。」
「はははっ!
帝国の大佐がわざわざお出迎えとはな。」
そう言って豪快に笑うハンスに、エリオットは少し真剣な顔を向けた。
「それには訳があってな……
少し、真面目な話を持ってきた。」
そう言って路地にハンスを誘い、本題を切り出した。
「帝国軍が、本格的にお前の討伐に向け動き始めてる。
元帥殿直々に、お前を探し出してこれを渡すように言われてきた。」
ハンスは眉に深い皺を寄せる。
「ほう……なんだ……?」
「最後のチャンス──
そんなところだろうな……」
エリオットは眉間に皺を刻み、唇を硬く結ぶ。
握り締めていた“何か“を、ハンスにそっと手渡した。
「……っ……!」
ハンスは眉間の皺を深める。
渡されたのは見覚えのあるドッグタグ──
冷たい金属の感触が、彼の掌に重く静かに刻まれていく。
それは部下であり、数少ない友人でもあるエイデン・ダイナス軍曹のものだった。
「これは……エイデンの……!!」
ハンスは全身の血が沸き立つのを感じた。
顔や腕の血管は浮き上がり、内には憤怒の念が渦巻いていた。
「元帥殿から伝言もある。
“救済者を手土産に、今すぐ軍に戻れば不問にしてやる”だそうだ。」
「……今さら戻るなどあり得ん。」
その言葉に、ハンスは間髪入れず言い放つ。
「だろうな……」
エリオットは視線を落とす。
「“グングニル“による飛空挺撃墜で、誰かが手引きしたと疑われてな……
俺は難を逃れたが、あいつのことは庇えなかった……本当にすまない。」
悔しそうに呟くエリオットに、ハンスは申し訳なさそうに声をかける。
「いや、俺のせいだ。
……お前にも迷惑をかけたな。」
「……気にするな。
俺もあいつも、協力してる時点で覚悟は出来てたさ。」
ハンスはドッグタグを見据えた。
「いつか……俺が仇をとってやろう。」
そんな彼に、エリオットは険しい表情を浮かべ話を続けた。
「だが、どうするつもりだ?
少なくとも、中隊規模の戦力が投入されるはずだ。
何せお前は、帝国軍の誇る“戦神”だ。油断はないぞ。」
ハンスは少し間を空ける。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。
「かまわんさ。全て迎え撃つだけだ。
いつだってやるべきことは変わらん。
俺にとっては、守るものが変わっただけに過ぎん。」
それを聞いたエリオットは、呆れたように彼の肩を軽く叩いた。
「そう言うと思ったよ。まあ……
俺もできる限りの事はするつもりだ。
お互い、死なないようにするとしよう。」
「そうだな。次は酒場で──
盃を挟んで話せる時を、楽しみにしているぞ。」
ハンスは豪快に笑い、街の喧騒へと紛れていった。
彼を見送り一人佇むエリオット。
その心は、大佐としての立場と友への想いの狭間で揺れ動いていた。
「死ぬなよ──」
帝国軍の影は、星の光を遮られた闇夜のように、四人の旅に深く影を落とし始めていた。




