第21話 導きと影
落ち着きを取り戻した三人は、何かヒントを得られないかと石像の周囲を調べていた。
だが、慎重ではあるものの、その動きには少し焦りを滲ませていた。
「……石像以外は特に……
むしろ閉ざされていたせいか、本当に何もないな。」
「……ああ。
それに石像以外はちゃんと風化してる。
やっぱり、この石像だけが何か変なんだ……」
溜め息混じりにそう漏らすアストとルシアナは、不穏な謎を孕む石像を意識せずにはいられなかった。
しかし、ミアに声が聞こえて以降、確信を得られるような情報は出てこない。
周囲の壁面は、これまでの部屋とは違い無機質で、何人の立ち入りもないことが伺えた。
「……これ以上は収穫がないな。」
アストは小さく息を吐きながら呟く。
ルシアナも剣に添えた手を緩め、周囲を見渡しながら呟いた。
「一度、船に戻らないか?
どうも嫌な予感がしてならない。
それに、ここで足止めを食っても仕方がないしな。」
「ああ、そうだね。
他には何もなさそうだし、そろそろ行こうか。」
「うん……私も、ちょっと変な感じがするし。」
アストとミアも頷き、三人は入り口へと向き直った。
──その時だった。
石像の額に刻まれた紋章が、突如として強い光を放ち始めた。
森の木々を透くような淡い翠光が広間を満たし、低い唸りが響き渡る。
「……っ!」
アストたちは思わず目を覆う。
やがて石像は震え始め、渇いた岩のようにヒビ割れた。
美しかった石像は表面が徐々に剥がれ落ち、ゆっくりと朽ちるように崩れていく。
その全てが崩れ落ちると、崩壊は収まり、部屋は静寂を取り戻す。
淡い灯火のような翠光だけが残り、三人は、石像の佇んでいた場所に目を向けた。
「……あれ、なにかな?」
ミアは何かに気づき瓦礫を見据えた。
その瓦礫の中心には、淡い翠光を放つ短刀が抱かれていた。
近づいてみると、柄には聖法紋に似た模様が刻まれ、刃には複数の溝がある。
アストはその短刀を手に取った。
「不思議な短刀だ……聖法紋、か……?
──いや、似てるけど違う気がする……」
その時、突如激しい揺れが三人を襲い、部屋全体が軋みを上げ始めた。
周囲の壁には徐々にヒビが走り、細かい石片が降り注ぐ。
「まずい……崩れるぞ!
早くここを出よう!二人とも急げ!!」
ルシアナはそう叫ぶと、二人の腕を掴み引き寄せた。
彼女は、軋みを響かせ今にも崩れそうな入り口からアストとミアを押し出す。
「ルシアナも早く!」
「早く……!」
差し伸べられた二人の手を掴み、ルシアナも慌てて部屋を飛び出した。
その背後では、崩れた石像の残骸が広間の轟音と共に瓦礫に押し潰されていく。
「……危なかった……」
崩れる広間を見つめながら呟くアスト。
それは役目を終えたことによる拒絶か──
それとも“早く進め”という導きなのか──
この時はまだ、その場の誰にもわからなかった。
なおも遺跡が軋み続ける中、急ぎ通路を駆け抜ける三人。
後方からは開いた口を閉じるように、崩れる通路が押し迫っている。
その時、アストの鞄から短刀が滑り落ちた。
「しまった……!」
アストは振り返り短刀を拾い上げる。
「何をやっている!……急げ!!」
そう叫びながらルシアナは、アストの腕を掴み走り抜けた。
すでに、入り口付近もひび割れ始めている。
そんな中、入り口には数本の岩槍を突き立てたハンスの姿があった。
「……長くは持たんぞ!急げ!!」
魔蒸気を吹き上げながら瓦礫を支えるハンスは、三人が飛び出すと同時に自身もすぐさま後方へ飛ぶ。
瞬く間に入り口は崩れ落ち、遺跡全体が周囲の空気を揺らしていた。
「おい!三人とも無事か……!?」
珍しく焦りの色を滲ませるハンス。
彼は三人の無事を確認すると、安堵の笑み共に胸を撫で下ろす。
「心配させおって……
こちらまで轟音が響いていたぞ。」
アストは肩で息をしながら答えた。
「……な、なんとか……
遺跡が、急に……崩れてきて……」
振り返れば、遺跡の入り口からは砂煙が立ち上り、内部は完全に崩壊しているようだった。
「何があった……?」
ハンスの問いに、ルシアナが息を整えながら答えた。
「最奥の、広間が……崩れたんです。
はぁはぁ……まるで、早く去れと言わんばかりに……」
ミアは震えの残る手を胸に当て呟いた。
「でも……“役割を果たせ”って。
何か……あの声に、導かれている気もするの。」
四人はしばし沈黙した──
崩壊の意味を理解するには、とにかく情報が足りなかった。
アストはむしろ、謎が深まった気さえしていた。
「ひとまず、この先にある“中立国アルヴェリア”へ行こう。
あの石像から現れた、この短刀についても詳しく調べたい。」
アストがそう提案すると、ハンスもそれに同意し頷いた。
「それもそうだな。
物資の補給もしておいた方がいいだろう。」
「ああ。賛成だ。
このままでは謎が深まるばかりだからな。
アルヴェリアなら、何か収穫もあるだろう。」
ルシアナも深く頷き、ハンスは力強く声を上げた。
「よし、船を出すぞ。ここに長居は無用だ。」
四人は聖導船に乗り込み、遺跡を後にする。
不安、期待、謎──様々な思いを乗せた船は静かに山肌を滑り、アルヴェリアへと進路をとった。
◆◆◆
時は数刻前──
アストたちが短刀を手にした頃。
ドワーガ帝国の方角から、一騎の騎乗艇がアルヴェリアに向かい走っていた。
鋭く風を切り裂き、鈍く光る黒鉄の艇は一直線に進む。
操縦席に跨る男は帝国軍の軍服に身を包み、艇には魔導機銃が備えられている。
肩章には帝国の紋章が鈍く輝き、彼の冷たい眼光は前方を射抜いていた。
その目的とは──
吹き荒ぶ風を切り裂き走る騎乗艇。
その姿は、四人の旅路と帝国の影が、やがて交錯する予感を孕んでいた。




