第20話 誘う共鳴
石碑の部屋を出た三人は、薄暗い通路を慎重に進んでいく。
古代の遺跡は静寂に包まれ、どこからか耳に届く滴の音は、悠久の刻を超えて吹き返した遺跡の息吹を感じさせた。
「まるで、遺跡そのものに意思が宿っているように感じるな……」
ルシアナは低く呟き、周囲の壁画を眺めながら歩いていた。
「ああ。必死に何かを……
僕たちに──いや、ミアに伝えようとしてるような気がするよ。」
特に確証がある訳ではないが、アストはなぜか微かな予感を抱いていた。
やがて、彼らの前に立ちはだかったのは、固く閉ざされた扉かのような壁だった。
巨大な岩盤を思わせる分厚い壁面には、複雑な模様が刻まれている。
「……なんだろう、これ。
扉……?それとも壁?
ここで行き止まりなのかな?」
ミアは辺りを見回しながらつぶやいた。
アストはそっと壁扉に触れ、壁扉の模様を指でなぞる。
それはどことなく、ミアの額に浮かぶ紋章と酷似していた。
「……これはミアの……
救済者の紋章、なのか?」
アストは目を見開き思わず声を漏らす。
彼の指先には、古代の意志が永い眠りについているような、そんな冷たい感触が伝わる。
ルシアナは周囲に鋭い視線を走らせ、別の通路や隠された仕掛けがないか目を凝らした。
「他に……進める道はなさそうだ。
扉に見えるだけで、ただの壁なのか……?」
ルシアナは壁扉に手を添え小さく呟いた。
ミアもゆっくりと近づき、アストの袖を掴むと、恐る恐る壁扉に手を触れた。
──その瞬間。
彼女の額の紋章が突然輝き始めた。
淡い蒼白の光を放ち、通路全体を照らしていく。
「ミア!?」
「っ……!?アスト!」
アストが驚き咄嗟にミアの手を掴む。
放たれた光が、ミアの声を掻き消すように全身を呑み込んだ。
アストは掴んだ手を握り締め、必死に声をかけ続ける。
「ミア!ミアっ!
……大丈夫だ!僕がついてる!」
「……アス……ト……」
しかし、ミアの瞳は次第に虚ろになり、焦点を失っていった。
まるで彼女ではない何かが、身体に入り込んだように脱力していく。
「……リ・ドゥーム……」
やがて彼女の口から、古代語らしき言葉が呪文のように紡ぎ出される──
語りとも祈りともつかぬ声が、遺跡の空気を震わせ響き渡った。
「……オル……
エイル・ジ……エイリア……」
「ミア……!
ミア!しっかりしろ……!」
アストはミアの肩を掴み必死に呼びかける。
「起きろ!……ミア!」
ルシアナも声を張って呼び続けた。
だが、ミアの意識が戻る気配はない。
彼女の声は次第に強まり、同じ言葉を、まるで命じるように繰り返した。
──その時。
その声に呼応し、壁扉の模様も輝き始める。
すると、轟音と共に辺りの空気を震わせ、三人の身体を揺らした。
「なっ……なんだ!?」
ルシアナは低く身構える。
「……壁扉が、応えてる……?」
アストはミアを抱えたまま、模様の光に目を凝らした。
唸りのような岩盤の軋みは通路まで轟き、ゆっくりとその口を開け始める。
それまで壁かのようだった重厚な扉が擦れるたびに、積もった砂埃は舞い、古代の空気が解き放たれた。
「と……扉が、開いたぞ……」
ルシアナはその光景に息を呑んだ。
すると突然、ミアは魂が抜けたように膝を折り、アストへもたれかかる。
ルシアナもすぐに駆け寄り、アストと共にその肩を支えた。
「おい!大丈夫か、ミア!」
「……目を開けてくれ!」
二人はミアの背に手を添え、呼吸を確かめながらその顔を覗き込んだ。
やがて、ミアは静かに目を開け、呆然とした顔で二人の顔を交互に見つめる。
「……え、なに?
今私……どうなってたの……?」
その声は紛れもなくミアのものだった。
「身体は、なんともないのか……?
別人に取り憑かれたようだったぞ……」
ルシアナは心配そうにミアを見つめる。
「よかった……!
体調は……?何か違和感はないか……?」
アストは安堵の声を漏らし、ミアの体調を気にかけた。
「……うん。
身体は……特になんともないよ。」
ミアは自身の身体を眺めながら呟く。
心配をかけまいと気丈に振る舞うミアだが、意識がない間のことは思い出せずにいた。
その空白のほんのひとときが、彼女の胸に冷ややかな脈を巡らせる。
「何かあったらすぐに言うんだぞ。」
その不安を拭うように、アストはミアの手を優しく握りしめた。
三人は逸る呼吸を整え、慎重に扉の奥へと足を踏み入れる。
そこに広がっていた光景は、彼らの想像を遥かに超えていた。
「な、なんだこれは……
遥か古代の人々には、こんな技術が……?」
目に飛び込んだ“それ”に、ルシアナは驚愕する。
「いや……ありえない……!
いくらなんでも綺麗過ぎる。信じられない……」
アストは唖然と呟き立ち竦んでいた。
他と一線を画す神聖さを帯びる広間──
その中央には、まるで“今彫像されたばかり”かと見紛うほどに、美しく形を遺す巨大な石像が立っていた。
「綺麗……でも……
なんか、怖い感じもするね……」
石像を見上げながら、ミアは小さく呟いた。
その美しさと異質さの同居は違和感を拭えない。
そして、注がれる眼差しは、部屋に訪れる者を見定めるようだった。
「……これは救済者……なのか?」
ルシアナは石像に恐る恐る近づき、そっと触れる。
石像は人のような──
特にエルフ種に似た姿をしており、その表情はまるで、驚く三人の心を見透かしているようだった。
「どことなくルシアナに……
いや、エルフ種に似てるような……」
アストはその姿に違和感を覚えた。
救済者と呼ばれる存在が仮にエルフ種だとするなら、ミアが選ばれたのはなぜなのか──
「ミアも僕もドワーフ種に近いし……
それに、救済者伝承はエルフェリアのものだ。なぜミアが……」
現代では、原初の純粋な種族は残っていない。
特にドワーフ種は混血を気に留めないため純血は現存せず、エルフには純血を重んじる偏狭な者もいるがそれも定かではない。
「ねえ、アスト見て。額のところ……」
ミアはそう言うと、石像の額へ指を向ける。
そこには、ミアの紋章に似た刻印が施されていた。
「あの紋章……
やっぱり救済者なんだろうか……」
アストたちは、ひとまず石像とその周辺を調べることにした。
ふと足元に台座があることに気づき、慎重に砂埃を払い除ける。
「これは……古代文字……
でも、広間の外で見たものより古いな……」
「……読めそうか?」
「たぶん……とりあえずやってみるよ。」
ルシアナの問いかけにそう答えると、アストは持参した資料を広げ、目の前の文字と照らし合わせながらゆっくり読み解いていく。
『我は要の守護者にして、星の子らが神と呼ぶ者。』
ルシアナは低く呟く。
「……要の守護者?……救済者ではないのか?」
「守護者か……初めて聞くな……
それに、“要”ってなんだろう……」
アストは眉間に手を添え、深く思考を巡らせた。
その時──
突然ミアの紋章が蒼白の輝きを放つ。
そしてその光は、誰かに語りかけるように脈動し始めた。
「えっ……!何、急に!?」
ミアは額を抑えて声を上げた。
「……っ!」
「大丈夫か!?」
アストとルシアナは、急いでミアの元へ駆け寄る。
すると、石像の紋章も淡く光を放ち、まるでミアの光に呼応するように明滅し始めた。
「な、なんだ?共鳴しているのか……?」
輝き合う光の中、ルシアナの声が響く。
三人が突然の出来事に戸惑っていると、ミアの頭に言葉にならない響きが流れ込んできた。
遠い古代の祈りのような、しかし懐かしいような──
ミアが静かに呟いた。
「……聞こえる……声が……」
「声……?
その声は、なんて言ってる……?」
アストがミアの肩を抱きそっと尋ねる。
「うん。えっと……
時は、迫っている……役割を……果たせ……?」
ミアの言葉に、二人は息を呑んだ。
少し間を空けて、アストが問いかける。
「役割って……何かわかるか?」
ミアは、微かに震えた声で答えた。
「わからない……
今は……聞こえなくなっちゃった……」
ミアと石像の額の光は、静かに落ち着きながらほのかな淡い輝きへと変わる。
広間は再び静寂に包まれ、石の隙間を抜ける風音だけが響き渡っていた。
「……“要”と“役割”、か。」
呟くアストの声は、薄く広間に溶けていく。
空気は冷たく、胸をざわつかせる不気味な気配を宿していた。
三人はその場に立ち尽くし、守護者の石像をただ見上げるしかなかった。
謎の声が語る、「迫っている“時”」とは──
その疑問は、彼らの旅路に新たな謎を、静かに深く刻み込んでいた。




