第19話 古代の息吹
三人は遺跡の入り口の前に並び立った。
その後ろでは、船の守りを固めるハンスがその様子を見守っている。
「……この石扉は、開くのか?」
ルシアナは重厚な扉を眺め呟いた。
「見た目ほどは重くない事が多いんだ。
生身では厳しいかもしれないけどね。
僕の義手や、ルシアナ達が普段扱う身体強化の魔術があれば開くはずだよ。」
アストが彼女の問いに答えていると、後ろからハンスが声をかけた。
「俺が開けてやろう。
──少し下がっていろ。」
そう告げると、ハンスの武装義肢が唸りを上げ魔蒸気を吹き上げる。
「ちょ、まってハンス──」
アストが止める間も無く、ハンスの手形が扉に刻まれヒビ割れながら押し開かれた。
「……また、あなたは……」
ルシアナは、額に手を当て呆れた声を漏らす。
「なんだ?まずかったか?」
ハンスはとぼけた様子で首を傾げた。
古い遺跡には扉の内側にも文字や壁画が刻まれている場合もある。
その一つ一つが、何かしらの手掛かりになるかもしれない。
「ハンス……えっと──」
アストはその重要性についてハンスに説明して聞かせた。
ハンスは珍しく気まずい表情浮かべ、軽く頭を掻きながら呟いた。
「それは、悪いことをしたな。
──今後気をつけるとしよう。」
「ふふっ。
あなたも、素直に謝る時があるのですね。」
ルシアナは鼻先で笑い、彼をからかった。
そんなやりとりを経て、ついに遺跡の中に足を踏み入れた三人。
すると、彼らの視界に飛び込んできたのは壁一面の壮大な壁画だった。
アストたちは思わず息を呑み、その圧倒的な光景に呆然と立ち尽くす。
「……すごい。
こんなもの……どうやって描いたんだろう。」
ミアは思わず感嘆の言葉を漏らす。
壁画は古びた石壁を埋め尽くすように広がり、幾重にも重ねられた色彩は長い年月を経てもなお、清廉な鮮やかさを遺していた。
「……扉も閉まってたし、状態も綺麗だ。
やはりここは、未踏の可能性が高いな。」
アストは期待に胸が熱くなるのを感じていた。
「アスト、これを見てくれ。」
ルシアナは何かに気づきアストを呼ぶ。
「……これは!」
そこに描かれているのは、星と思われる円環。
その中心に人らしき絵が∞を描くように並び、両脇には天使と悪魔らしき二柱の存在が対峙していた。
「これは……“救済者と調停者”……か?」
アストはこれまでの経験から、それが伝承の一部だと理解した。
彼の胸に、古代の人々が遺したこの光景への、畏敬と感嘆の想いが静かに広がっていく。
ルシアナもまた、畏怖を滲ませる眼差しで壁画を見つめていた。
「この規模……一人や二人では到底描けない。
先人の、様々な祈りが込められているようだ。」
古代を生きた先人へ囁くように、ルシアナは呟いた。
三人はしばし、言葉を忘れたように辺りを見回す。
只々古代の息吹に耳を澄ませ、漂う気配に圧倒されていた。
「この先にも部屋があるぞ。
私が先行する。奥へ進んでみよう。」
ルシアナはそう言うと慎重に奥へ進む。
探索を続ける三人は、通路を進んだ先にある部屋へ足を踏み入れた。
そこには崩れかけた石碑が置かれており、表面には文字らしき模様が刻まれている。
「……かなり風化してるな。
この辺りは……まだ読める、か?」
アストは丁寧に砂埃をハケで払いながら、かろうじて残る部分を読み取っていく。
『星に降り立った神は、原初の人類を創りたもうた。
それは、*****・アルエルフ・アルドワーフ──』
アストは文字を睨み眉を寄せた。
「アルエルフ……アルドワーフ……
“アル”は確か古代語の“アルバ”──“原初“だったはず。
つまり、エルフとドワーフの始祖か……もう一つは、欠けて読めないな。」
ミアが不安を滲ませた声を重ねる。
「今はエルフとドワーフしか残っていないよね?
でも、本当は……もう一つの種族がいたってこと?」
アストは頷いた。
「そうらしい。
失われた種族か……なぜ今はいないんだろう……」
アストの父が遺した研究資料にも、そんな種族に関する事は書かれていなかった。
突如訪れた新たな発見に、彼は高揚する胸の熱を抑えきれずにいた。
「……これは、初めての発見だ。」
「御伽話や伝承、口伝などは様々あるが……
他にも種族がいたなど聞いたことがないぞ。」
ルシアナも驚きを隠せずにいた。
三人の胸に、古代の謎が重くのしかかる。
そのまま、さらに奥へ足を進めると、別の石碑が目に入った。
そこには「救済者」や「再生」という言葉が刻まれていた。
「ドワルギア周辺の遺跡と、文字自体は似ているけど……
ここでは救済者や再生、原初の人類が強調されているみたいだ。」
石碑を眺めながらアストが呟く。
その横で、誰に向けたものでもなくルシアナは問うように呟いた。
「伝承にある救済者とは、さっき描かれていた“神”なのか?
ならば“再生”とは人類の創造……
では、調停者の“破壊”は人類を滅ぼす……?世界そのものではなく?」
ルシアナの抱く疑問に、アストも明確な答えを発せずにいた。
「だとしたら、なんのために……
古代の人々はその循環を恐れていたんだろうか……
もしかしたら、この壁画は……古代の人々の深い祈りなのかもしれない。」
アストは壁画に描かれた天使と悪魔を見上げながら、畏怖を滲ませた声で呟く。
なぜか胸が騒めき、血の気を奪う不安が彼の表情を強張らせていた。
「もし……ね。
もし、その失われた種族が、破壊に関わっていたら……?」
「可能性は……ないとは言い切れないな……」
怯えたように呟くにミアに、アストはそれしか答えられない。
彼女の肩を抱きながら、ただ壁画を見つめ続けるしかなかった。
ミアを守ると決めた矢先──
目の前に現れた新たな謎が、彼らの前に立ちはだかる。
「とにかく進もう。
今の我々に出来ることはそれだけだ。」
ルシアナは覚悟を決めた瞳でそう呟く。
三人の肌を冷ややかな遺跡の空気が包み込む。
彼らが触れた真実の一端は、果たして何を意味するのか。
失われた種族、救済者と調停者。
そして、今も語り継がれる再生と破壊。
そのすべてが絡み合い、彼らの旅路とその胸に新たな影を落としていく。
「……この遺跡は、ただの遺構じゃない。
ここには、未来を左右する真実が……まだ眠っている気がする。」
そう呟くアストの瞳は、遺跡のさらに奥を見据えていた。
ルシアナは鞘を鳴らし静かに頷いた。
「ならば、我らが必ずそれを解き明かそう。」
「……うん。私も知りたい。」
ミアは、その胸に不安と期待が脈打つのを感じながら、二人の背に寄り添った。
古代を語る息吹はそっと静かに、けれど確かに、彼らの心を揺さぶっていた──




