第18話 新たな旅路
旅立ちから数刻──
聖王国を少し離れた頃には、冬の名残を含む朝の冷たい風が吹いていた。
降り注ぐ爽やかな陽光に照らされながら、聖導船は順調に草原を進む。
船内では、次の目的地について相談するアストたちの姿があった。
アストは、卓を挟んで向かい合うルシアナに声をかける。
「ルシアナさん、これからの行き先について相談なんだけど──」
それを聞いたルシアナはふと視線を外す。
彼女は少し照れくさそうにしながら、意を決したように口を開いた。
「アスト……
私たちはこれから長い時間を共にする……
つまり、その……呼び方も、もう少し砕けた方がだな──」
「……?」
アストは一瞬きょとんとした顔を見せる。
何を求められているのか分からずにいると、ミアがそっと彼の耳元で囁いた。
「たぶんね、“ルシアナ”って呼んで欲しいんだよ。」
「あっ!そういうことか!」
アストは目を見開いてルシアナを見る。
頭を軽く掻き、少し遠慮気味に笑みを浮かべると、改めて彼女を名を呼んだ。
「えっと……ルシアナ。」
「ふふっ。よし。
ええと……行き先についてだったな。」
ルシアナはわずかに肩を揺らし、ふわりと柔らかく微笑んだ。
普段は冷静で厳格な彼女の表情に、ほんのりとした温かさが宿る。
その様子を見ながら、ミアとハンスは楽しげに顔を見合わせた。
「じゃあ、私も……
これからはハンスって呼んでいい?」
ミアが少し勇気を出して言うと、ハンスは豪快に笑った。
「ああ、構わんぞ!
改めてよろしくな、ミア。」
「うん!
こちらこそ、よろしくお願いします。」
ミアは嬉しそうに頷き、アストもそのやり取りを見て安心したように微笑んだ。
こうして四人は、互いに絆を深めながら次の目的地について相談を重ねていく。
「……まずはここへ行ってみよう。」
アストはひとまず、ここからほど近い山の中腹にある、古い遺跡へ向かうことにした。
エルフェリオン文明圏のこの地なら、“救済者伝承“の手掛かりが眠っているはず──アストはそう考えていた。
「エルフ種は、あまり遺跡に立ち入らないって聞いたけど、ここはどうだろう?」
「そうだな……
私はあまり詳しくないが、遺跡を神聖な場所として扱う者は確かに多い。」
それを聞いたアストは三人に提案する。
「なら、まずはここに行こう。
もし未踏なら、何か目新しい情報が得られるかもしれない。」
アストの提案にルシアナは頷く。
「そうだな。
周辺は険しいが、警戒を怠らなければ問題はない。」
ハンスは指を軽く鳴らしながら笑った。
「決まりだな!
俺も探索したいところだが──
調査している間、この船の守りは任せておけ。」
心強い彼の言葉にミアは思わず笑みをこぼす。
これまでの不安が嘘のように、彼女は自然な笑みを浮かべるようになっていた。
◆◆◆
やがて──
アストたちを乗せた聖導船は、山道を静かに抜ける。
山の遺跡に近づくにつれ空気は澄み、冷たさの中に不思議な香りを含んでいた。
草木の匂いとも違う、どこか神秘的な香りは、まるで遺跡そのものの息遣いのようだった。
そして、四人の前には山に抱かれた古代の遺跡が姿を現す。
四人は聖導船から降りると、古びた瓦礫に注意しながら遺跡の近くへ歩みを進めた。
「……これがエルフェリオンの遺跡か。」
アストは立ち止まり、眼前に広がる石造りの構造物を静かに見据えた。
苔むした石壁は永い年月を物語り、崩れかけた柱の隙間からは淡い光が差し込んでいる。
「ハンスは一旦、二人の護衛を。
私は周囲に敵影がないか確認してきます。」
ルシアナは低く呟き剣の柄に手を添える。
「わかった。油断するなよ。」
ハンスも周囲を見据え、短く声を返した。
ルシアナは警戒しながら死角となる木々の隙間を確認し、鋭い視線で森の影を探っていく。
「ひとまず、周囲に敵影はないようだ。
……だが何があるかわからん。気を引き締めて行こう。」
彼女がそう言うと、三人は深く頷き遺跡に入る準備をする。
ハンスは聖導船の守りを固めるため、荷を下ろしながら低く呟いた。
「俺は船の周囲で陣を張っておく。
万が一の時はすぐに俺の元へ戻ってこい。」
「はい。よろしくお願いします。」
「……ハンスも気をつけてね。」
アストとミアは静かに頷いた。
そして遺跡へ向き直ると、その姿を見据えて息を整える。
アストの胸には、期待と緊張が静かに脈打っていた。
「ミア……
この遺跡には、きっと何かある。」
「うん……私もそう思う。
なんだかこの風が……そう言ってる気がするの。」
アストとミアの胸には、この先に待ち受けるであろう試練の予感と、確かな胸の高鳴りがあった。
それは、真実の一端を知ることへの期待か、それとも不安の現れなのか──
彼らを撫でるその風だけが、世界の真実を求める旅路の、静かな始まりを告げていた。




