第17話 似合いの二人
リリアと話し終えた翌日。
四人は旅支度のため、王都の市場へと足を運んでいた。
「リリアさん、最初は怖かったけど……
すっごく優しそうな人でよかったね!
あと、すっっごく綺麗でびっくりした!」
「そうだね。ほんとに綺麗だったなぁ。
でも厳しいところもあるけど、誠実な人で安心したよ。」
ミアの弾む声にアストは穏やかに返す。
そんな会話を重ねながら、二人は市場をゆっくり見て回った。
王都の市場は朝から活気に満ちている。
山々に囲まれたこの地は海の幸こそ乏しいが、肉や山菜、川魚などが豊富に並び、色とりどりの屋台が軒を連ねていた。
「採れたての川魚だー!美味いよー!」
「すみませーん。山鹿の肉あります?」
「もちろんあるよ!どの部位だい?」
そこかしこで香ばしい匂いが漂い、行き交う人々の声が賑やかに響く。
「あまり離れるなよ。
迷子になっては困るからな。」
ルシアナが少し後ろから声をかけた。
アストとミアは昨日の一件を経て、より絆を深めたようだった。
互いに寄り添う姿は自然で、これまで抱えていた不安が嘘のように晴れやかな顔をしている。
ミアが屋台に並ぶ果物を指差す。
「アスト、見て!この果物すごく甘そう。」
アストは微笑みながら頷いた。
「買っていこうか。
旅の途中で食べれば、きっと元気が出るよ。」
そのやり取りは穏やかな家族そのもの。
そんな二人の様子は、周囲の喧騒の中でも小さな安らぎを感じさせた。
「まったく……
昨日までの緊張が嘘のようだな。」
ハンスは少し呆れ顔で呟く。
だがその表情は、二人の様子を喜んでいるようにも見えた。
アルベドの存在は、不安要素として残ったままだ。
だが、心強い味方──ルシアナとハンス。
この二人が共にあることで、アストとミアの足取りは軽く、笑みさえ浮かんでいた。
一方で、当のルシアナとハンスは別の意味で人目を引いていた。
周りの人々から見れば姉と弟のような、夫婦のような、そんな掛け合いを見せている。
「……口が汚れていますよ。
まったく……少しは気にしたらどうですか?」
ルシアナは少し背伸びをして、酒と肉串で両手の塞がるハンスの口を拭く。
「おっ、気が効くな。
ルシアナ、お前いい嫁になりそうだな。」
ハンスが軽口を叩きながら肉串を頬張る。
「なっ……!?
と、突然何を言っているんですか、あなたは……!!」
ルシアナは頬を赤らめ、怒ったように声を上げる。
だが、その反応はどこか微笑ましく、周囲の人々も思わず笑みを漏らしていた。
「はははっ。そう恥ずかしがるな。
お前は真面目でしっかり者だからな。
しかもこうして気が利くし、飯の好みも合いそうだ。」
ハンスは悪びれもせず豪快に笑い、ルシアナは目を丸くしてみるみる赤く染まっていく。
「……っもう!さっきからなんですか!
……か、からかわないでくださいよ!」
ルシアナは顔を背けるが、耳の先までほんのり赤みを帯びていた。
その様子を、少し離れて眺めていたアストたちは、顔を見合わせ思わずくすりと微笑んだ。
ミアが小声で囁く。
「ねえ、二人って……なんかお似合いだよね?」
アストも笑みを浮かべながら頷いた。
「僕もそう思うよ。
あんな風に言い合えるのは、互いに気を許してるんだろうね。」
二人は市場を歩きながら、ルシアナとハンスの話題で盛り上がった。
緊張続きだった日々の中、こうした何気ないやり取りが心を穏やかにしてくれる。
市場の喧騒の中、四人は旅に必要な物資を揃えていった。
保存の利く干し肉や乾燥した山菜、川魚の燻製、干した果物や香草──各々が手際よく選び荷を整える。
「あの二人がいてくれたら安心だね。」
ミアそう言うとアストを向き微笑んだ。
「えっと……そ、そうだね。
……ごめんね、頼りなくて……」
アストはわざとらしく苦笑いを浮かべ呟いた。
「え……!?ち、違うよ!
アストは家族なんだから……
居るのが当たり前というか……その……」
「あはは、冗談だよ。
ちゃんとわかってるから大丈夫。
二人の力を借りて、僕たちの──家族の時間を取り戻そう。」
「うん!」
ミアは明るい声を響かせる。
ハンスとルシアナの存在は、これまでにない安心感を二人に与えてくれた。
ルシアナは几帳面に品を確認し、ハンスは豪快に荷を担ぐ。
ミアは二人を手伝い、アストは地図を広げて目的地を見定める。
「これで準備は整ったな。」
ハンスが二人を見据えて言った。
「ええ。お二人のおかげで、心強いです。」
「ふふ。家族が増えたみたい。」
アストも頷き、ミアふわりと微笑んだ。
ただの守られる側と守る側──
そんな関係だったはずの四人には、いつの間にか確かな絆が芽生えていた。
◆◆◆
そして二日後──
ついに聖王国を立つ日が訪れた。
早朝の空気は澄み渡り、街路には四人の旅立ちを見送るため、リリアを始めとした聖法騎士団の姿があった。
リリアは四人の元へゆっくりと歩み寄る。
「ハンス、これを渡しておく。
お前用にサイズなどは調整しておいた。」
そう言って差し出されたのは、聖法紋が刻まれ、中央に聖法石を抱く籠手だった。
「なんだ、これは……?」
ハンスは籠手を手に取り、怪訝な顔で尋ねる。
「周囲の大気魔力と岩や砂を取り込んで、強固な槍を造り出す“聖岩の籠手”だ。
さすがにグングニルには及ばんが、お前の力があれば十分な威力になるだろう。」
「……聖岩……槍……
おい、まさかあれか!?
あの……亜音速で飛ぶ岩槍……!」
「“聖岩槍バサルト”だ。まったく……
はしゃぐのはいいが、慎重に扱えよ。
お前が使うと、“決戦兵器”になりかねんからな。」
無邪気に振る舞うハンスを、リリアは溜め息混じりに嗜めた。
「ははっ!任せておけ!
大事に使わせてもらうぞ!」
ハンスは嬉々としてその籠手を身に付けた。
聖導船の前に立つ四人の表情は、それぞれに決意を宿している。
アストとミアは互いに寄り添い、ルシアナとハンスは並んで立ち、軽口を交わしながらも真剣な眼差しをしていた。
「行こう。
紋章の──世界の真実を突き止めよう。」
旅の不安を抱えながらも前を向くアスト。
そんな彼の言葉に、三人は力強く頷いた。
リリアと聖法騎士団に見送られ、新たに始まる四人の旅路──
聖門に降り注ぐ陽光は、まるで彼らの旅立ちを祝福するように、その行く先を静かに照らしていた。




