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第14話 仰ぎ見る荘厳の影

 聖王国が近づくにつれ、視界に映る景色は一変していった。


 壮大な山々が連なる稜線は、まるで天を突く壁のように彼らを囲み、谷間を抜ける風は冷たく鋭い──

 聖導船の窓から見える光景は雄大で、しかしどこか、人を寄せ付けぬ厳しさを漂わせていた。


 ルシアナはその景色を眺めながら、周囲に鋭い視線を向け警戒する。

 彼女は緊迫した表情を浮かべ、指先は常に剣の柄に触れていた。


 険しい山道には、帝国の追手や伏兵が潜む可能性もある。

 冷静沈着な彼女が滲ませるその張り詰めた気配は、周囲の空気を重くし、仲間へと伝わっていた。


 しかし、その緊張をまるで意に介さぬ者が一人──


 ハンスは聖導船の揺れに身を任せ、持参していた酒瓶を取り出すと豪快に口をつける。

 傍には干し肉やチーズを広げ、宴かのように頬張り笑っていた。

 帝国軍大将でありながら、その姿はまるで、旅の道中を楽しむ放浪者のようだった。


 「おい、ルシアナ。この雄大な山々を見ろ!

  これなら綺麗な湧水も豊富に流れていそうだ。

  話に聞いているよりも旨い酒が飲めそうだな!」

 「あなたという人は……

  いつまで酒の話ばかりしているんですか……。

  いくらあなたでも、酔っていてはいざという時動けませんよ。」

 「何を言う。この程度で遅れをとるほど鈍ってはいないぞ。はははっ!」


 ──「……っもう!」


 「いいかげんにしてください!

  ……聖王国に着くまで酒は没収です!」


 その奔放さに、さすがのルシアナもついに声を荒げてしまう。

 出会った頃は常に冷静な姿を見せていた彼女だが、今や見る影もなく怒りを露わにしている。


 そんな彼女の姿に、アストとミアは慌てて二人の間に割って入った。


 「ルシアナさん、落ち着いて……。

  ハンスさんも、さすがに飲み過ぎですよ。」

 「そうだよ、ハンスさん。

  ルシアナさんが怒るのも無理ないよ……?」


 なだめる二人に、ハンスは首を傾げてとぼけたように言う。


 「何を怒ることがある?

  俺はただ、腹を満たしていつでも戦えるようにだな──」


 その無邪気さに、ルシアナは呆れ果て深い溜め息をついた。

 だが次の瞬間、彼女は思わず口をついてしまう。


 「はぁ、まったく……

  まあ……そんなところがあなたらしくて好ましいのですが。」


 その言葉に、アストとミアは目を丸くして顔を見合わせた。

 すぐさま二人はルシアナの元へ詰め寄る。


 「え、……今なんて?」

 「ルシアナさん、好ましいって……!」


 ルシアナの顔は瞬く間に赤く染まり、慌てて言葉を取り繕う。

 「ちっ、違う、誤解だ!ただ……その……

  人間らしいという意味であってだな……!」


 焦る彼女の姿に、アストとミアは思わず笑いをこらえきれず、肩を震わせた。


 「なんだ?随分楽しそうじゃないか!」


 ハンス本人はまるで気づかず、空の酒瓶を傾けながら豪快に笑っている──

 緊張に満ちた旅路の中で、ほんの束の間の温かな空気が船内を満たしていった。


 やがて、聖導船は山々を抜け視界が開ける。

 遠くに聳え立つ白亜の城壁が見えた瞬間、皆は息を呑んだ。

 その姿は荘厳な気配を纏い、何者も寄せ付けぬ威厳を湛え、静かに佇んでいた。


 ──エルフェリア聖王国。


 高くそびえる尖塔には聖紋が刻まれ、陽光を受けて輝いている。

 だが、その輝きは神秘的な気配の裏に、冷ややかな拒絶を宿しているようも感じられた。


 「……あれが、エルフェリア聖王国か。」


 アストが静かに呟く。

 ミアは彼の手を握り、その大きな瞳を輝かせていた。

 だが、微かに揺れるその輝きは、どこか不安の色が滲んでいるようだった。

 

 ルシアナは赤みの残る頬を隠すように視線を逸らし、再び鋭い眼差しで城壁を見据えた。

 ハンスは甲板へ上がり、聖王国を正面に捉え、豪然と仁王立った。


 「やった着いたか。待ち侘びていたぞ!」


 その声は山々に反響し、旅の終着を告げる鐘のように響いた。

 だが、彼らを待ち受けるのは聖王国の真意とその裏に潜む影。


 荘厳な気配を放ち佇む城壁の向こう──

 そこに待ち受けるものを知らぬまま、一行は光と影を湛える門へと辿り着いた。



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