第13話 聖王国への道すがら
帝国軍大将ハンス・オルデインの謀反──
その衝撃がドワーガ帝国内を騒然とさせる中、飛空挺撃墜の報は近隣諸国へ瞬く間に広がっていった。
また、元帥アドルフにより下された、息子である大将ハンスの討伐命令──
この事実が、国内外を問わず走る緊張に拍車をかけていた。
だが、その渦中にあるハンス本人は、自身の討伐命令が下っているなど露ほども知らぬ顔で、呑気に旅を楽しんでいた。
「はー!なんともいい眺めだな!
酒の肴にはもってこいだ!はははっ!」
ハンスは聖導船の心地いい揺れに身を任せ、時折鼻歌を口ずさみながら景色を眺めている。
まるでただの旅人のようなその姿に、ルシアナは呆れ顔を隠せなかった。
「はあ……。
もう少し緊張感を持ってください……」
普段は冷静沈着で知られる彼女だが、この男の傍若無人ぶりには敵わないらしい。
食事の準備や荷物の整理まで、まるで姉のように世話を焼いている。
「なあ、ルシアナ。
あの村で酒を買っていこう。
聖王国の酒は上品すぎて口に合わんのだ。」
「あなたという人は……。
討伐命令が下っているかもしれない状況で、酒の心配ですか……。」
「何を言う。
旨い酒がなければあんな槍放てんぞ!はははっ!」
「ふふっ」
「あははっ」
そんな二人の様子を見ていたアストとミアは、思わず顔を見合わせ肩をすくめて笑う。
こんな風に、互いの笑顔を見られるのはいつぶりだろうか──
帝国の追手や聖王国の不穏な影を思えば、笑う余裕などないはずだった。
だが、ハンスの奔放さやルシアナの呆れ顔が、妙に人間らしい温もりを与えてくれる。
二人は、張り詰めていたその胸が少し軽くなったのを感じた。
しかしアストだけは、その笑顔の裏で別の重さを胸に抱えていた。
古代遺跡の知識だけなら、誰にも負けない自信がある。
だが、武力や権力には無縁であることに、どうしても引け目を感じてしまう。
仲間を守る力が、自分にはない──
アストは常に、言葉にならない無力感に苛まれていた。
そんな不安や焦りを見透かしたように、ハンスが不意に声をかけてきた。
「アスト殿は、伝承研究の権威であるブライト・リーゼウス殿のご子息だそうだな。
その深い知識、大いに期待しているぞ。」
アストは驚いて目を見開き、そして尋ねた。
「アストで構いませんよ。
それより……大将殿は、父をご存知なんですか?」
「では、堅苦しいのは無しとしよう。
こちらもハンスで構わん。はははっ。」
そう言うと、ハンスは豪快に笑った。
「そうだな──
ブライト殿は俺にとって兄のような存在だ。
彼にはよく伝承の話をせがんだものさ。」
自分の知らない父の一面を知り、アストは奇妙な気持ちが込み上げた。
父は、伝承に執心する変わり者として、周囲の人間から疎まれていたはずだ。
家庭でも寡黙で距離を感じており、家には書物をめくる音だけが響いていた。
そんな父が、ハンスにとっては“兄のような存在“だったという事実は、アストの胸に複雑な感情を呼び起こした。
眉を寄せ厳しい表情を浮かべるアスト。
ハンスは、そんなアストの負い目や不安を悟るかのように言葉を続けた。
「彼の研究と、それを継ぐアスト──
お前の知識があれば、伝承の謎を解き明かせるだろう。
そうすれば、必ずミアを救えるはずだ。」
彼は静かに拳を握る。
「そして、それが出来るのは無知な我々ではない。
アスト──お前だけだ。自信を持て。」
その言葉に、アストの胸は熱くなった。
自分の知識がミアを救う鍵になる。
そう信じられるなら、武力に劣っていても構わない。
──自分の役目を果たし、ミアを守る。
旅路の先に待つ聖王国。
その裏には、まだ不穏さも孕んでいる。
しかし、改めてそう誓うアストの心には、確かな決意が芽生えていた。
ミアはその横顔を見つめ、静かに微笑んだ。
彼女の瞳には不安と希望が入り混じっていたが、アストの決意に満ちた表情が確かに支えとなっていた。
ルシアナは、そんな二人を見てわずかに口元を緩める。
ハンスは豪快に笑い、聖導船の静かな揺れに身を任せていた。
帝国の騒乱と聖王国の真意──
大きな唸りの狭間で、彼らの旅は続いていく。
聖導船の窓から差す陽光は、彼らの行き先を優しく照らしていた。
笑いと不安、決意と希望が交錯する道すがら──
物語は静かに、次の舞台へと歩み始めた。




