第110話 ナノマギア
第110話 ナノマギア
別室にいたアストたちをラボに呼び寄せたドルテオは、ラボの一角にある長机の前に彼らを座らせると、机の上に小さく削り取られたナノマギアと見慣れない溶液が満たされた瓶を置いた。
そのままドルテオとルドニカも椅子に腰掛け、二人は早速ナノマギアについてわかったことを話し始めた。
「まずはよお、これ見てくれや。」
そう言ってドルテオは、用意された溶液の中へおもむろにナノマギアの欠片を放り込んだ。
しばらくすると、溶液に包まれたナノマギアは、まるで息を吹き返した生き物のようにその形を変化させ始めた。
「これは……」
アストが息を呑む。
「この液体に何か秘密が……?」
レオンも同様に目を見開いて息を呑んだ。
「これは……まさに生きた金属だな……」
リリアは目の前の光景が現実ではないかのような不思議な感覚に襲われた。
そんな彼らの様子を見たルドニカが、資料を確認しながらそっと口を開く。
「驚きますよね……恐らくですが、今は宿主を探している……
必要な生命力を得たものの、宿主の身体がないため、ナノマギア自身が混乱している状態です。」
「宿主……?」
アストは眉を寄せて問い返した。
まるでこれが、人と共生する生き物だと言いたげなその言葉に驚きを隠せなかった。
「ええ。これは“魔液”といって、魔蒸気を圧縮して液状化したものです。
魔導機関の燃料として使われなかった部分……
逆に人が大気魔力から血液を介して取り込む部分……つまり、生命力を含んでいます。」
「なっ……生命力だと!?
魔蒸気にそんな秘密があったのか……?」
リリアは驚愕した。普段当たり前のように吸って吐くこの大気や、帝国にただ空気のように漂う魔蒸気──
まさかそれが、自分たちの生命の源であるなど夢にも思っていなかった。そしてそれは、ここにいる全員が同じだった。
「俺らもこの機会で初めて知ったんだよ。
まあ、垂れ流されたもんは大気魔力に還るだけだろうがなあ。」
「この世界は、まだまだ分からないことだらけだな……」
ドルテオの言葉に、レオンが額を押さえて呟いた。だがその声音には落胆ではなく、どこか胸の高鳴りが宿っていた。
未だ見ぬ旅の先に待つものが、あとどれほどの謎を秘めているのかという好奇心が彼の胸を刺激した。
「だが、この状態からどうやって腕や足の代わりになるのだ……?」
リリアが素朴な疑問を投げかける。
するとドルテオは、待ってましたと言わんばかりに聖法紋が刻み込まれた黒鉄のプレートを取り出した。
「まあ見てろ。おい、ルドニカあ。
このプレートを突っ込んで魔力流せえ。
この量で作れるもんが刻んであるからよお。」
「は、はい。」
ルドニカはプレートの聖法紋部分を全て魔液に浸し、聖導魔術を発動する要領でゆっくりと魔力を流し込んだ。
その瞬間──
先ほどまで落ち着きなく形の定まらなかったナノマギアが、徐々に形を持ち始めた。
やがて魔液の中に現れたのは、第一関節ほどの指先を模したナノマギアだった。
「これは指、か?」
リリアは目を見開いて身を乗り出した。
アストとレオンも、同じく身を乗り出して瓶の中を覗き込む。
「聖法紋で適切な指示を出せば、その形状になるらしい。
あとは……そいつがちゃんと指として機能するか確かめるだけだなあ。」
そう言って不敵な笑みを浮かべたドルテオは、自身の腕に紐状の布を巻き付けて器用に結び目を作り、片側を口で咥えて縛り上げた。
そして懐から一本のナイフを取り出すとルドニカへ向き直り、楽しげな声で指示を飛ばす。
「おい、ルドニカあ!俺の小指を落とせえ!」
「なっ!?」
突如、嬉々とした顔でそう告げるドルテオ。
そんな彼の狂気にも似た気迫に押され、ルドニカは青ざめた顔で思わず後ずさった。
「いいから早くやれよ……
ほら、スパッとやるだけだろお?」
「そ、そんな!こんなの聞いてませんよ!?
あなたの指を落とすなんて私にはできません!」
突然の流れに困惑するルドニカだったが、お構いなしにドルテオは詰め寄った。
職員たちが割って入ろうとするが、すると今度は他の神官や職員たちに詰め寄り始める。
「なら、お前らでもいいからよお……
さくっと切ってくれや。話進まねえだろお?」
アストとレオンは呆気に取られて言葉を失う。
その勢いが止まりそうもないドルテオを見兼ねたリリアは、ルドニカたちの間に入ると彼をなだめるように問いかけた。
「なぜそうまでする?」
ドルテオはピタリと止まり、リリアを振り返って告げた。
「あの女騎士にいきなり試して、何かあったらどうすんだ?
ハンスがブチギレても俺は知らねえからなあ?
そうなると、誰かが身体張って人体実験しなきゃならねえ。」
それを聞いたリリアは目を丸くすると、額を押さえて珍しく大きな声を上げて笑った。
「はっはっは。あなたは狂っているな。
気に入った!私がその役目を買って出よう。」
そう言ってリリアは、鋭き冷美な光を宿す聖銀剣をその手に作り出した。
「切れ味と私の腕は保証する。
こちらにその指を向けるがいい。」
「はは!あんたもイカれてんなあ。
よし、じゃあ一思いにやってくれえ。」
次の瞬間──
リリアの聖銀剣が鋭い一閃を描いた。




