第108話 未知を既知へ
ドルテオは壁際に乱雑に置かれた椅子を二つ拾い上げると、自分とルドニカの前へ放り投げるように置いた。
そのままどかっと粗雑に腰を下ろし、ルドニカにも座るよう顎で促す。
「そこ座っとけえ。」
「は、はい。」
ルドニカは少し恐縮した様子で、置かれた椅子にそっと腰掛けた。
ハンスも適当な椅子を拾い上げ、二人の対面に置くとずしりと腰掛けて腕を組み、カナント市国での出来事をゆっくりと語り始めた。
深緑の鉄塊はナノマギアと呼ばれ、生きた金属という未知の物質であること。
それは生まれたばかりのティリスの体に埋め込まれ、その身体を大幅に増強する万能さを持つが大きなリスクを伴うこと。
そして、過去に実在したとされるティリス種のみがそれを自在に扱えたこと──
彼はブライト生存の件を伏せたまま、鉄塊についての詳細だけを淡々と話して聞かせた。
「おいおいおい……まじかお前……
失われた種族が操っていた何でもありの生きた金属だあ?どんな御伽話だよ……」
そう言い放ったドルテオは、顔を顰めて不服そうに眉を吊り上げる。
そんな彼をなだめるように、話に聞き入っていたルドニカがそっと口を開いた。
「しかし、現実に腕や足、内臓といった形状をしていますからね……
むしろ、御伽話みたいな未知の物質だと言われた方が納得できます……」
「まあ、そりゃそうなんだけどよお……」
ルドニカの言葉に、頭をぼりぼりと掻きながら俯くドルテオ。
だがそのまましばらく考え込んだのち、彼はゆっくりと顔を上げるとハンスの顔を見据えて問いかけた。
「なあ?お前の話だとよお……
ティリスの奴らは、意識的か無意識かはわかんねえけど……
自分の意思でナノマギアに“役割を与えてた”ってことだよなあ?」
その問いにハンスは険しい表情で頷く。
「まあ、そういうことになるな。それがどうした?」
ドルテオは続けてルドニカへ向き直ると、片眉を吊り上げて今度は彼に問いかけた。
「それってよお……聖王国の聖導魔術に似てねえか?
あれも、聖法紋ってやつで“大気魔力に役割を与える”ようなもんだろ?」
唐突にそう言われたルドニカは目を見開き、嬉々とした顔を浮かべて声を上げた。
「たしかに……似ているかもしれない!」
二人は顔を見合わせ、互いの思考が透けて見えるかのように笑みを浮かべた。
その様子を見たハンスは、首を傾げながら何気なく思いついたことを口に出す。
「それを言うなら、我々の魔導義肢も似ているのではないか?」
ドルテオとルドニカは同時にハンスへ向き直り、身を乗り出す勢いで声を揃えた。
「どういうことだあ?」
「どういうことですか!?」
二人の勢いに圧倒されつつもハンスは続ける。
「生命力を消費して動く……
それが魔導機関に似ていると思ってな。」
「つまり帝国の魔導機関は……
ティリスとナノマギアの関係性を模している……?」
ハンスとルドニカの素朴な言葉が、ドルテオの思考を一気に刺激した。
彼の気怠そうだった目がしっかりと見開かれ、溢れる思考を吐き出すようにブツブツと語り始める。
「なるほどなあ……ナノマギアは魔導機関のように人体を介して大気魔力から必要なエネルギーだけを消費して活動するって訳か……
そして、聖導魔術のように外部刺激によって役割に見合った形状を……てことは人為的にこいつに任意の形状をとらせることが──」
ドルテオの口からとめどなく吐き出される思考に、ルドニカは只々圧倒されていた。
一方のハンスはそれを見慣れた様子で、椅子の背に身を預けて呆れた顔を浮かべる。
「始まったか……
まあ、しばらく放っておくとしよう。」
「そ、そうですね。」
二人はティリスについての話を続けながら、ドルテオの思考が落ち着くのを待つことになった。
ハンスは誇らしげな笑みを浮かべると、握った拳を見据えて力強く言った。
「アストやレオン殿の発見は正しかった。
ドワーフたちの急激な進化や聖王国の起源……
それらの史実は、全て真実だったということだな。」
「ええ……すごい発見です。
魔導学も聖導学も、全てがナノマギアから派生していた可能性が高そうだ……」
そう言ってルドニカも深く頷いた。
「しかしそうなると、大気魔力もナノマギアと似ているな。」
ハンスは、特に他意はない様子でぽつりと呟いた。
だが、それを聞いたルドニカもまた、ドルテオのように深く思考を巡らせ始める。
「……たしかに。まさか、大気魔力そのものが“大気魔力”という役割を持って存在している……?
だから、聖法紋というティリスの意思の代用で“現象という形状”を与えられるのか……だとすれば鉄塊への干渉も可能か……?」
すでに周囲の声が聞こえていなさそうな彼を見て、ハンスは呆れたように溜め息をついた。
「まったく……
こちらも似たようなものだったか……」
ティリスとナノマギア、そしてティリーシアの存在──
そのほとんどが忘れ去られ、微かに残された記憶の断片たち。
この世界で永く御伽話とされていた先人たちの軌跡が、少しずつその全貌を表しつつあった。




