第107話 語れぬ真実
技術開発局では、計測を終えたルシアナたちがラボへ戻っていた。
残った片腕を肩で回しながら、深い溜め息を漏らすルシアナを見たリリアは、労うように彼女の肩へそっと手を添えた。
「ご苦労だったな、ルシアナ。」
そう言って微笑むリリアに、ルシアナは俯きながら感心と呆れの滲む声で言った。
「帝国の……ドワーフ系の女性は元気ですね……」
「ルシアナ、お人形みたいになってたもんね……」
「そ、そこまでか。」
珍しく疲弊したルシアナと、苦笑いを浮かべるミア。
二人の様子にリリアは戸惑い、それ以上の言葉を詰まらせていた。
「あはは……みんなはしゃいでましたね……」
カンナは頭に手を添え、気まずそうな笑みを浮かべる。
そんな中、アストとレオンは深緑の鉄塊に釘付けになっていた。
「それにしてもこの鉄塊……本当に筋肉や骨のような形状をしている……」
レオンがまじまじと見つめて呟く。
長い時間研究に費やしてきた彼でさえ、こんな遺物を見るのは初めてだった。
「まだまだ知らんことは多いな……」
悔しさと未知への期待が同居するような表情で、レオンは鉄塊を見つめ続けた。
そんな彼の横でアストは眉を寄せ、口元を押さえながら何気なく呟いた。
「役割を与えられた金属、か……
なんか、あの鍵や要石みたいですね……」
リリアの耳がぴくりと反応する。
「役割、か。思えばこれまで巡った場所や見たもの全て……
定められた役割のためだけに存在しているようだったな。」
俯き加減で呟くアストの言葉に、リリアも腕を組みながら声を漏らした。
その声音には、そうであってほしくはないという祈念が宿っているようだった。
「じゃあ、私も……」
役割という言葉に引っかかったミアが、不安げに呟く。
「もしかして、人類も……?」
その不安が伝播したかのような、カンナの震えた声がラボに静寂を落とす。
ハッとして顔を上げた彼女は、すぐさま手を横に振って取り繕うように言った。
「いやいやいや!ごめんなさい。
私のせいで変な空気になっちゃいましたね……」
「そんなことないよ。
言葉にしないだけで……みんな薄々感じていることだ。」
アストはカンナを気遣うようにそう言うと、場の総意を代弁するような苦笑いを浮かべた。
その沈んだ空気を破るように、ラボの外から聞き慣れた慌ただしい足音が近づいてきた。
足音がピタリと止むとラボの扉が勢いよく開き、ハンスの豪快な声が響く。
「おお、みんな揃ってるのか!
ちょうどいい。ルシアナの鉄塊を集めてきたぞ!」
ハンスが台座に並べたのは──
ブライトから託されたラティマの身体の一部たちだった。
先ほどドルテオが置いた鉄塊とは比較にならないほど精巧で、まるで今にも動き出しそうなほど美しく形取られている。
「こ、これは……?」
レオンは目を見開いて息を呑む。
腕や足、臓腑らしき鉄塊──
滑らかな曲線を描くそれらは、優麗な鈍い輝きと不気味な存在感を放っていた。
「詳しくは話せんが、ちょっとした伝でな。
ついでに秘境に関する情報も手に入れてきたぞ。」
ハンスが差し出したのは、何年にも渡り秘境を調べた資料だった。
アストはその資料を手に取ると綴られた字に目を留め、かじりつくように見つめて声を上げた。
「これは、父さんの字だ!これをどこで!?」
落ち着きなく詰め寄るアストに、ハンスは一歩後ずさりながら両手を上げた。
「まてまて!これは……あれだ。
たまたま話を聞くことができた学者から譲り受けたんだ。
その御仁も旅の途中で古書が並べられた露店で買ったらしい……出所はわからん。」
「そう、なんですね……」
アストは視線を落とし、そばの椅子に腰掛けて俯いた。
ハンスはその様子を見つめながら、ただ「すまん」と胸の内で呟くしかなかった。
ブライトから大切な鉄塊を託された以上、ハンスは「自分のことはアストに伝えるな」という彼との約束を守るほかない。
「俺はこれをドルテオに見せたいのでな。
お前たちは、一旦宿に行ったらどうだ?
帝国軍本部の近くに宿が手配されているはずだ。」
「それもそうだな。どちらにせよ……
星法紋の解読や鉄塊の調査に時間もかかるだろう。」
リリアが頷き、アストたちもそれに続いた。
「では、私が宿までご案内します!」
カンナは拳を胸に当てて敬礼し、アストたちを連れてラボを後にした。
残されたハンスは、置かれた鉄塊を見つめて小さく溜め息をついた。
「真実を話せんというのは歯がゆいものだな……」
「話せん真実だあ?
そりゃあお前、早速話してもらわねえとなあ?」
ハンスの呟きを拾い上げるように、ドルテオがズカズカと奥の部屋から現れた。
その後ろには、ルドニカがハンスから視線を逸らして隠れるように立っている。
「……私はルドニカと申します。
聖王国から紋様の解読のために派遣されました。」
丁寧に頭を下げるルドニカだが、ハンスの風貌に若干怯えた様子で身を縮こめていた。
それを見たドルテオが、大袈裟に両手を広げて呆れた声を上げた。
「まーた人様をビビらせやがってえ。
そのイカつい面ぁどうにかしやがれえ。」
「黙れ、これは生まれつきだ。」
ハンスは顔を顰めてドルテオを睨むが、すぐに表情を緩めてルドニカへ向き直った。
「ルドニカだったか?俺はハンス。
アストたちの護衛をしている者だ。よろしくな。」
「は、はい!よろしくお願いします。」
ルドニカも表情を和らげ、二人は固く握手を交わした。
その和やかな空気を割るように、ドルテオが不躾に声を上げる。
「んでー?こんだけ上等な鉄塊持ってきたってこたぁ、何かわかったんだよなあ?」
「ああ。色々とな。
話せる部分だけはちゃんと話してやる。」
厚かましく迫るドルテオに、ハンスは呆れ顔で片眉を吊り上げる。
溜め息をついた彼は、そのままカナント市国で得た成果について語り始めた。




