第106話 滲み出す不穏
ラボの奥へ連れていかれたルドニカは、落ち着かない様子であちらこちらへ視線を泳がせていた。
そんなルドニカの目の前で、ドルテオは机に星法紋の写しらしき図面を広げて指をさした。
「これ、解読してくれねえか?
ただのおしゃれなタトゥーって訳じゃねえよなぁ?」
ルドニカは目を凝らして息を呑む。
それは、先ほどの深緑の鉄塊に刻まれていた紋様を写しとったものだった。
「こ、これは……掴み取る、者……?
もしかして、腕……を表しているのか……?」
特に深い意味はなく、ただ形状の名称を表すだけにも思えるその紋様に、ルドニカは顎に手を添えて考え込むように呟いた。
その時、彼の脳裏に浮かんだのは、アストたちが遺跡で発見した守護者の鍵だった。
「まるで、あの鍵のようだ……」
ルドニカが独り言のように発した言葉にドルテオは興味を示した。
彼は片眉を吊り上げて鍵について話せと促すようにルドニカに視線を向けて問いかける。
「鍵だと……?」
「え、ええ……アストさんたちが遺跡を回る中で発見された鍵です。
“守護者”と刻まれた石像の中から現れたそうなんですが……
人為的な作成痕は一切なく、始めからその状態で存在したかのようでした。
そこにも、その存在の意味を記しているかのような星法紋が刻まれていたんです。」
「ほおー?作成痕がない、か……
あの鉄塊と同じだなぁ。おもしれえじゃねえか。」
「あんな四肢のような形状でですか……?
そんなことが、ありえるんですか……?」
口角を上げて楽しげに笑うドルテオ。
だが彼が放つ信じられない言葉にルドニカは困惑し、訝しむように小さく呟いた。
それを見たドルテオは、残念だと言わんばかりに大げさに深い溜め息をついた。
「おまえぇ……頭かてえなぁ?
実際に、鍵の形した生成痕のねえ物質があったんだろ?
じゃあどんな形状でもありえるってことじゃねえかよぉ。」
ルドニカは目を丸くしてドルテオを見ると、何かを悟ったように深く頷いた。
ドルテオは満足げに不敵な笑みを浮かべ、ルドニカの肩を叩いて力強く告げる。
「さーて、俺らでいっちょ世界の謎に迫ろうやぁ、なあ?」
「はい!」
ルドニカも嬉々とした笑みを浮かべる。
こうして二人は意気投合し、星法紋の解読と深緑の鉄塊の究明を開始した。
そんな中──
別室へ連れて行かれたルシアナは、カンナが見守る中で女性職員たちに囲まれていた。
鎧や服を脱がされた彼女は、下着姿のまま身体の隅々まで計測されていく。
エルフの女性を調べ上げる機会など滅多にない女性職員たちは、歓喜の声を漏らしながら細かい数値を記録していった。
「筋肉はしっかりあるのに……手足が細くて長いわ……」
「わぁ、細いのに出るとこ出てる……
なんか……エルフってズルくないですか?」
「ドワーフ系って、ちょっとゴツいですもんね……」
そんな声を耳にしながら、ルシアナは頬を赤らめて押し黙っていた。
聖王国では装具の計測は神官によって厳かな空気の中で行われるため、このような和やかな雰囲気は初めてだった。
「カ、カンナ……
帝国の女性たちは、賑やかなのだな……」
恥ずかしそうに小さく声を漏らすルシアナに、カンナは苦笑しながら答えた。
「みんなこうではないんですが……
ここの職員さんたちは、好奇心旺盛ですから……あはは……」
「でも……」
ミアがぽつりと呟いた。
「ルシアナとリリアさんって……
なんか、やっぱりズルいかも……」
「確かに、ズルいかもです……
エルフの中でも五代貴人家は反則な気がします……」
そう言ったミアは、ルシアナのすらりとした体つきをまじまじと見つめた。
その横に立つカンナも、自身の胸元へ視線を落としてそっと手を添える。
「お前たちまで何を言っているんだ!」
そんな二人の様子を見たルシアナは、戸惑いながら嘆くように震えた声を上げる。
そのやりとりを見ていた女性職員たちは、みなクスクスと肩を震わせていた。
◆◆◆
その頃、街道で憲兵を撒いたハンスが帝国へ到着していた。
彼は技術開発局へ急ぎたい気持ちを抑えつつ、突然現れた検問や自分を襲った憲兵について報告するためにひとまずエリオットの元へと向かった。
「エリオット。少し話がある。」
「おお、ハンス。戻ったのか。険しい顔をしてどうしたんだ?」
執務室へ入るや否や、食い気味に話を切り出すハンスに首を傾げるエリオット。
いつも余裕のあるハンスが、組んだ腕の上で指を叩く落ち着きのない様子を見せるのは珍しい。
「北からの帰りに検問が敷かれていた。
交戦せずに撒いたが……恐らく小国郡のどこかだろう。」
「小国郡が……?なぜ突然……」
エリオットは口元に手を当て、眉間に皺を寄せて視線を落とす。
そう言って考え込む彼に、ハンスは腕を組んだまま少しイラついた声を上げた。
「難しいことは俺にはわからんが、ろくなことではないだろうな……」
「……そうだな。こちらで調べてみよう。」
「ああ。頼む。」
そう短く告げたハンスは、足早に執務室を後にした。
慌ただしく立ち去る彼を見送り、椅子の背に深く身を預けるエリオット。
「まったく、次から次へと……」
額を押さえた彼の薄い呟きは、静かな執務室に溶けるように響いて消えた。




