第105話 帝国技術の要
ラボに招かれたアストたちは、その光景に息を呑んだ。
壁一面には乱雑に貼り付けられた図面が壁紙のようになっており、中央の台座や床には無骨な義手や義足が並べられている。
プロトタイプ制作や新技術の開発を一手に担うその室内には、外部には決して知られてはいけないものもあるだろうことが見てとれた。
「えっと、こんな場所……部外者が入ってよかったのかな……?」
アストが恐る恐る周囲を見渡しながら不安げにカンナへ目をやると、カンナも苦笑しながら首を傾げた。
「いやぁ……直接ここへ来いって言われてますのでなんとも……」
その時、部屋の奥から不躾な声が響く。
保管庫らしき暗がりから、手入れの行き届いていないボサボサの頭を掻きながらドルテオが現れた。
「おー、気にすんなー。
どうせ見られたって俺にしか理解できねえだろうからよぉ。」
少し嫌味混じりのセリフを吐きながら気怠そうに姿を見せた彼は、ろくな挨拶もなしにルシアナへ目を留める。
「おお?隻腕の騎士……
お前か!ハンスの野郎がご執心の女はよー!」
「なっ!?なんだ突然!無礼だぞ、貴様!」
嬉々として声を上げるドルテオに、ルシアナは顔を引き攣らせて声を荒げた。
「はぁー?俺がお前の腕を作るんだから、無礼も何もねえだろうがよ。」
「あなたが腕を……?まさか……」
レオンは目を見開いて彼を見据えた。
続いてカンナが、今にも剣の柄に手をかけそうなルシアナの前に割って入り、彼女をなだめるように告げる。
「お、落ち着いてください!
この人は技術開発局局長、ドルテオ・リガードマンさんです!」
「……リガードマンだと?」
リリアが驚いたように眉を寄せた。
「現在普及している義体技術の生みの親である、あのリガードマン一族ですか!?」
リリアの横に立つルドニカも、まさかの人物を前に声を震わせる。
「あー?そんなこたぁどうでもいいんだけどよぉ。
隻腕の女、ちょっと身体の計測させてくれやー。」
そう言って、ずかずかと無神経に距離を詰めるドルテオ。
彼の粗雑な振る舞いと纏わりつく迫力に、あのルシアナが怯え、肩を震わせて後ずさった。
「身体の計測だと!?ふ、ふざけるな!!」
「え、え?うそ……」
横にいたミアも唖然として立ち尽くす。
「ちょーっとまったあああ!!」
慌ててカンナが声を上げる。
そのまま、ドルテオを諌めるように両手で押し返した。
「女性の身体を計測なんてダメに決まってるでしょー!?
私も立ち会いますから、すぐに女性職員を呼んでください!!」
ドルテオは眉間に皺を寄せて顔を曇らせる。
そして深い溜め息をつくと、億劫だと言わんばかりの声で呟く。
「あー?減るもんじゃねえだろうが……
はぁ……ったく、めんどくせえなぁ……」
やがて、彼が渋々呼び出した女性職員がやってくると、ルシアナはばたばたと慌ただしく別室へ連れて行かれた。
「ちょ……え!……え!?」
戸惑うルシアナは声にならない声を上げ、カンナに助けを求めるような視線を向ける。
カンナは慌ててミアの手をとり、連れ去られるルシアナを追ってその場を後にした。
「帝国の技術屋は皆こうなのか……?」
呆れたように立ち尽くすリリア。
彼女も珍しく、状況を飲み込めない様子で唖然とした声を漏らしていた。
そんな彼女に言い訳をするように、レオンは苦笑しながら額を押さえる。
「いや……彼が特殊なだけですよ……」
残されたアストたちも、とりあえず苦笑するしかなかった。
そんな彼らの困惑を意に介さぬまま、ドルテオは話を続ける。
「んじゃ、とりあえずよぉ……
そこの神官さんにこれを見てほしいんだけどなぁ。」
そう言って彼が台座に置いたのは──
ハンスに見せた、例の不可思議な深緑の鉄塊だった。
それを一目見たルドニカは息を呑む。
「……これは、星法紋……?」
四肢のような形状をした鉄塊。
刻まれた紋様を見つめるルドニカは、思わず囁くように呟いた。
「やっぱ“聖”法紋だろー?
ちょっとそれ、ぱぱっと解読してくれよー。」
ドルテオが軽く言い放つと、ルドニカは語気を強めて彼へ振り返った。
「いえ……これは“星”法紋です!
神話時代にあったとされる、我々エルフの技術体系の元となったものです!」
興奮気味に語るルドニカは、再び鉄塊を見つめて無意識に口角を上げる。
指先は微かに震え、普段は見せることのない嬉々とした表情を浮かべていた。
その姿を見たドルテオはにやりと笑い、しめたと言わんばかりに彼の肩を叩く。
「いいねぇ、お前ぇ。
話が早そうだ……ちょっと奥にこいよ。」
そう言ってルドニカの肩を力強く抱えたドルテオは、指をパタパタとリズミカルに動かしながら半ば強制的にラボの奥へと連れ去った。




