第104話 微かな予兆
小国郡から帝国までを繋ぐ荒れた街道を、砂塵を巻き上げて進む一機の騎乗艇──
急ぎ帝国への帰路につくハンスはアクセルを全開に開け、大量の魔蒸気を噴き上げて走り抜けていた。
その魔蒸気に比例するように、逸る気持ちと込み上げる期待が胸を高鳴らせる。
「なんだ、あれは……」
先を見据えたハンスの視線に、バリケードのように並べられた数機の魔導艇の姿が飛び込んだ。
そして、そこには十数人の憲兵らしき影が銃器を構えて立ちはだかっている。
「検問……か?」
帝国から小国郡へ向かったときにはなかったはずの検問が、突然設けられていた。
ハンスは騎乗艇に急ブレーキをかけ、別の道がないかと切り返したがすでに遅かった。
「貴様!そこで何をしている!」
拡声器に乗せた荒々しい声が響き、魔導艇に備えられた機銃がこちらを狙う。
砂利を踏み込むざらついた足音とともに、数人の憲兵がハンスに向かい近付いてきた。
「……めんどうだな。」
少しイラついた表情を浮かべつつ、ハンスは騎乗艇を降りた。
そのまま手を上げるふりをした彼は聖岩の籠手に魔力を流し、背後に長槍ほどのバサルトを生成していく。
次の瞬間──
「伏せろ!」
そう叫ぶハンスは憲兵たちに当たらないよう、彼らの目前に向けて槍を投げ放った。
槍は地を抉りながら突き刺さり、轟音とともに大量の砂塵を巻き上げる。
「なッ──!?」
「ぐあッ!」
「野郎、やりやがった!前が見えんぞ!」
巻き上がる砂塵と、衝撃で弾け飛ぶ石つぶてを身に受けた憲兵たちは倒れ込む。
砂塵によって視界を奪われた彼らは、咳き込む者や砂塵を振り払う者で騒然となっていた。
そして砂塵が収まり始めたころ──
その時すでにハンスの姿は、街道から遠く離れる影となっていた。
憲兵たちはすぐさま手にした銃器を構えて乱暴に撃ち放つが、その弾丸がハンスに届くことはない。
「奴を探せ!」
一人の憲兵が怒りを滲ませて声を荒げる。
その声に呼応するように、彼らは急ぎハンスの捜索にあたった。
「なぜ突然検問など……」
ひとまず難を逃れたハンスは、少し遠回りにはなるが聖王国方面へ迂回して帝国を目指すことにした。
ブライトから譲り受けた鉄塊は、出土品とは違い過ぎる──見つかれば必ず接収されて出所を追求されるだろう。
「これだけは、渡す訳にはいかん。」
周囲をうかがうように視線を流し、憲兵の影に注意しつつハンスは帝国へと急いだ。
◆◆◆
その頃──
帝国にはアストたち六人とルドニカが到着していた。
リリアは帝国に足を踏み入れるのは久しく、ルドニカにとっては初めての訪問だった。
目を丸くして、視界に広がる未知の街並みに見入る彼にミアが小声で囁く。
「ルドニカさん、前に来たときのルシアナみたい。」
「こ、これは失礼しました。
なにぶん、帝国に来るのは初めてでしたのでつい……」
少し恥ずかしそうに苦笑するルドニカに、リリアがふわりと微笑んだ。
「よく見ておけ。なかなか来る機会もないだろうからな。」
「は、はい!」
そう返事をしたルドニカは目を輝かせた。
「こちらの道を抜けた先に、帝国軍の本部があります。」
久しぶりの帰還に胸を躍らせるカンナは、明るい声で皆を案内した。
彼女の足取りは軽く、まるで長旅を終えた娘が我が家に帰るかのようだった。
「ごめんね、カンナさん。
ずっと僕らに付き合わせてしまってるみたいで……」
記憶のないアストだが、これまでのやりとりで皆が自分やミアに尽くしてくれていたことを感じていた。
遠慮気味に苦笑を浮かべ、少し沈んだ声には感謝と同時に申し訳なさが滲んでいる。
「そういうのは言いっこなしですよ!
私は軍人です。民間人を……いえ、仲間を守るのは当然のことです!」
屈託のない笑顔を浮かべるカンナに、アストとミアは顔を見合わせて微笑んだ。
だがアストの胸にはその優しさの余韻と同時に、早く記憶を取り戻したいという焦りが入り混じっていた。
「アスト……焦らなくていい。
みんなお前が無事でいてくれただけで十分なんだからな。」
アストの機微に気づいたのか、ルシアナがそっと肩に手を添えた。
横にいたレオンも深く頷き、父が子に言い聞かせるような渋い声で語りかける。
「お前はずっと様々なものを背負ってきたんだ。
忘れたついでに、たまには心を休めておけばいいさ。」
「ありがとうございます……」
レオンたちの気遣いにアストは眉を寄せ、瞳を微かに濡らしながら呟いた。
震えたその声は不安を滲ませつつも、仲間の温もりに包まれ安堵するようだった。
「さあ、みなさん着きましたよ!
早速、局長のいるラボに向かいましょう!」
目の前には黒鉄の防壁に囲まれたドワーガ帝国軍技術開発局が重々しく佇んでいる。
彼らは深く呼吸を整え、期待と不安に駆られた胸を落ち着かせながら、ラボがある局の中心部へと足を踏み入れた。




