第103話 過去は今もなお
淡々と話し終えたメリルは、再び淡い翠光に包まれた。
ゆっくりと髪や瞳の色が変わり、彼女はシルベリアの姿へと戻っていく。
「……ふふ。これで満足したかしらぁ?」
そう言いながら、身につけた聖涙の籠手を優しく撫でるシルベリア。
その慈しむような仕草は、まるでそこに本物のシルベリアの影を見ているようだった。
「事情はわかった。だが……
なぜシルベリアを演じる必要がある?
彼女を冒涜するような訳なら許さんぞ。」
エラルドがシルベリアに執着する訳──
恋にも似た、しかし姉のようにも慕う複雑な感情がそこにはあった。
幼い頃に焦がれ、慕い、しかし事情もわからず遠ざけられた過去が、彼の胸に深い影を落としていた。
そして──
何事もなかったように現れた彼女には常に違和感を抱いていた。
それがついに明らかとなり、けれど本当のシルベリアはすでに亡くなっていた。
尽くそうと思った相手を失った喪失感と、何もしてやれなかった自身への怒りがエラルドを静かに蝕んでいく。
「ねぇ、あなたって……
あの子のこと愛しすぎじゃないかしらぁ?
そんなにムキになって、ちょっと妬けちゃうわぁ。」
からかい、茶化すように告げるシルベリア。
しかしエラルドは珍しく苛立ちを隠せず、声を微かに荒げた。
「早く答えろ……!」
「せっかちねぇ……」
シルベリアは目を細め、口元に手を添えて笑った。
その楽しげな顔は、少女が無邪気に笑うような可憐さを宿していた。
「美しいままのあの子が、この聖王国で暗躍する。
“シルベリア”という存在が確かに生きたという証を、私がこの世界に刻み込む。
あちらの世界で再会した時、あの子がどんな顔をするか今から楽しみだわぁ。ふふ。」
「ふっ……狂ってるな。」
エラルドは鼻で笑った。
しかしその顔もまた、かつてシルベリアに向けていたであろう春の青さを纏う笑みだった。
「貴様のことは気に食わんが……
その想いだけは本物のようだな。
仕方ない、シルベリアに免じて企みに乗ってやろう。」
晴れやかな表情で告げるエラルド。
胸の支えが取れたように、そして亡くなったシルベリアを惜しむように眉を寄せ、そこにいる“今のシルベリア”を見つめた。
「なぁに、その目ぇ?情熱的過ぎやしないかしらぁ?
そんなに愛してるなら、このまま抱かせてあげてもいいのよぉ?」
シルベリアは相変わらずの軽口でエラルドを煽る。
しかし彼は、あしらうように口元を緩めて薄い笑みを浮かべた。
「……本物を見習って、もっといい女になることだな。」
「ひどいわぁ……
あの子といいあなたといい、本当に生意気ねぇ。」
そこは先ほどまでの張り詰めた気配が嘘のように、穏やかな空気へと変わっていく。
そんな中、シルベリアは何かを思い出したようにエラルドを見て微笑んだ。
「ああ、そういえば……
あの子から伝言があるわよぉ?」
「……なに?」
エラルドが目を見開く。
「『“君”が私を好きなのはバレバレよ。でも私じゃダメ。
私が嫉妬するような、素敵な愛を見つけなさいね』ですってぇ。」
エラルドの瞳が微かに揺らぐ。
彼はその言葉を噛み締めるように、呆れ顔を浮かべて俯いた。
「いらん世話だと……
あちらに行ったら言ってやらんとな。」
「それもいいわねぇ。ふふ。」
そう言ってシルベリアはそっと立ち上がった。
だが次の瞬間、それまでの穏やかな空気は一変し、再び張り詰めた気配が部屋を包み込んでいく。
「さてと、そろそろ私はお暇するわぁ。
ちょっと面倒なんだけど……こぼれた埃をお掃除しなくちゃいけないのよぉ。」
「ほお……まさかイデアリンドの残党か?
どうせ、噂の“死神”とは貴様のことなのだろう?」
「もぉ……女のことをあまり詮索するのは感心しないわぁ。」
呆れたように声を漏らすシルベリアに、エラルドは顔を顰めて問いかけた。
「まだ何かが起こるのか?」
「人間て面白いわよねぇ。ふふ。
まあ、詳しいことはまた今度にするわねぇ。」
嘲笑うようにそう告げると、シルベリアは優美に靴音を響かせて部屋を後にした。
一人残されたエラルドは、深く息を吐くとそっと机の棚に手を伸ばす。
取り出した写真を眺める彼の瞳には──
幼き日の自分と、シルベリアの姿が映っていた。




