第102話 最愛の友
シルベリアの病は、「魔渇症」と呼ばれる治療法のない不治の病だった。
血とともに身体を巡る魔力が枯渇し、やがて生命力そのものを蝕み始める恐ろしい病で、子を授かればその成長に生命力が注がれるため母体は確実に命を落とす。
しかし──
アイゼンゴート家当主であるシルベリアの父ガウルは、実の娘である彼女の命を軽んじていた。
「どうせいずれ死ぬなら」と彼女に催眠魔術を施し、その身に魔力を流し込み続けて無理矢理に子を産ませる算段を立てていた。
◆◆◆
「ことが済むまで起きることはない。
余計な手間をかけず、手早く済ませよ。」
監禁用の一室に響くガウルの声──
その視線の先では、寝かされたシルベリアを複数の男たちが取り囲み、その一人が彼女の纏う薄衣に手をかけていた。
──その時。
「……ちょっとぉ?
寝てる女の服を脱がそうなんて……
あなたたち、趣味が悪いんじゃないかしらぁ?」
軽口のように告げるその言葉──
しかしその声音には、背筋を不快に撫でる明確な殺意が宿っていた。
「貴様……メリルだったか?
これは我々の問題だ。部外者が口を挟むな。」
ガウルの冷えきった声が響き渡る。
だが、メリルはそれを無視してあからさまに殺意を強め、靴音を鳴らしながらゆっくりと近づいていく。
「はぁ……始末しろ。」
ガウルが呆れたように溜め息を漏らして命じると同時に、武器を構えた男たちが一斉にメリルへと飛びかかった。
だが次の瞬間、彼女の周囲を取り囲んだはずの男たちは動きを止める。
そして──
彼らの首がするりと床に落ちた。
鋭利すぎる切り口からは、遅れて滲むように血が湧き出している。
信じられない光景を目にしたガウルは、唖然と立ち尽くして声を震わせた。
「なんだ、その身のこなしは……
それに、その深緑の四肢はなんなのだ……!?」
メリルは鋭い靴音を響かせると同時に、ふわりと彼の懐へ滑り込んだ。
彼女は艶やかな指先で濁った灰色の髪を撫でると、そのまま頭を掴み上げて耳元で囁く。
「ふふ。あなたは知らなくていいことよぉ。」
「な──ッ!?」
ガウルが言葉を返す間も無く、その身体は首から上を残して膝をつき、床へと崩れ落ちた。
◆◆◆
その後、メリルという神官は行方不明となり、ここで死んだはずのガウルは何事もなかったかのように当主として職務を全うした。
最後は突然の病死という形でシルベリアへ当主の座を譲ることとなる。
ただ一つ不可思議だったのは──
父ガウルのシルベリアに対する振る舞いが別人のようであったこと。
そして、アイゼンゴート家の内部と周辺がシルベリアの当主継承に異を唱えなかったことである。
◆◆◆
──当主継承前のある日のこと。
そこにはベッドに横たわるシルベリアと、その横で椅子に腰掛け、心配そうに彼女を眺める父ガウルの姿があった。
「ねぇ、お父様……」
「なんだ……?」
「ふふ。様になってきたわね。」
「…………」
シルベリアの言葉に沈黙するガウル。
「私ね、最後くらい……
“お姉様”に抱きしめていただきたいわ。」
しばらく沈黙が続き、やがてガウルは大きく溜め息をついて俯いた。
そっと顔を上げた彼は、それまで見せたこともない優しい笑みを浮かべていた。
「……はぁ。仕方ないわねぇ。」
そう言って呆れたように苦笑するガウルの声は、紛れもなくメリルのものだった。
そして柔らかな淡い翠光に包まれた彼は、銀糸の髪と淡紅の瞳をもつ、消えたはずの神官メリルへと変貌する。
「いつから気づいてたのぉ?」
「……あの日、不快な眠りから目覚めて……
私のそばにいるお父様を見てからずっとよ。」
春の日向のように微笑むシルベリア。
しかしその顔は、以前の美しい姿は見る影もなく痩せ細っていた。
「……おいで。」
メリルはベッドに腰を下ろし、そっとシルベリアを抱き寄せた。
その温かい胸に抱かれ、静かに目を閉じるシルベリア。
彼女は目からあふれる雫とともに、満面の笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、メリル姉様。私ね……
最後まで幸せだったわ。姉様のおかげね。ふふ。」
こうして──
貴族の醜さと不治の病という運命に翻弄された一人の女性は、大切な人の胸の中で、ささやかな温もりに癒されながら静かに息を引き取った。
「“ありがとう”は私のセリフよぉ。ふふ。」
そう言ってふわりと微笑むメリル。
彼女は一筋の涙とともに、シルベリアの軽くなった身体を慈しむように抱き締めた。




