第101話 シルベリア
部屋に落ちる静寂の中──
シルベリアが語ったのは、聖王国に燻り続けていた暗い過去だった。
「単刀直入に言うわぁ。私はメリル……
リリアたちが探しているティリスよぉ。
まあ、それも本当の名ではないのだけどぉ。ふふ。」
その瞬間──
彼女の全身は、若葉のように淡く揺れる翠光に包まれた。
銀糸の髪はゆっくりと薄紫へ変わり、淡紅の瞳は深い海のように青く染まっていく。
「ティリス種は姿を変えられるのか……?
それにメリル……十年以上前に行方不明になった神官の名だな。」
エラルドは目を見開いて驚愕した。
だがそれ以上に、胸の奥には沸々と湧き上がる怒りと疑念が広がっていく。
「本物のシルベリアは……
まさか、貴様が殺したのか……?」
静かに問いかけるエラルド。
だが固く握られた拳は震え、視線には悲しみと殺意が織り混ざっていた。
彼が放つその異様な気配を前に、メリルはふわりと両手を広げてそっと首を振った。
「勘違いしないでぇ?
私は殺していない……むしろ……
あなたと同様に、彼女に生きていて欲しかったわぁ。」
淡々と語るようでも、哀惜の滲むその声音に嘘は感じられなかった。
しかしだからこそ、なおさらエラルドには真相を確かめる必要があった。
「ではなぜ……
貴様がシルベリアを演じている?」
それまで余裕の笑みを崩さなかったメリルの表情が、その問いには微かに揺らいで見えた。
淡く濡れた瞳で視線を落とし、初めて見せる悲しげな気配とともに言葉を紡ぎ始めた。
◆◆◆
百年近く前──
荒れた地には一人佇むメリルの姿があった。
他のティリスとは違い、外の世界への好奇心に溢れていた彼女は都へ戻る気などなく、大陸中を渡りながらティリスに伝わる史実を確かめる旅を始めていた。
しかし、メリルが目の当たりにしたのは残酷な現実だった。
ティリスの存在など忘れ、自らが生物の頂点であるかのように振る舞うエルフやドワーフ。
そして──
失われていく自然や醜く争う国々と人々。
大地が荒れ果て、海は濁り、星が弱るのをその身に感じながらも欲を露わにする人類。
こんなもののために自分たちティリスは知恵や技術を奪われた挙句、狭い秘境に閉じ込められたのだと知ったメリルは、永い生の中で徐々に彼らを間引いていこうという極端な思想へと至ってしまった。
そこでまず目をつけたのが、光溢れる荘厳さの中に深い闇を抱えるエルフェリア聖王国だった。
それから数十年の時が経った頃──
メリルは優秀な神官としてルベリオス家に仕えていた。
しばらくして訪れたブライトとの一件を終えたメリルは、恐ろしいその目的を進める中で一人の女性と出会う。
彼女の名はシルベリア。
アイゼンゴート家の次期当主としての人生を歩むはずだった女性。
ブライトに賭けを持ちかけたメリルは、アストの行く末を見守る間の暇つぶしとしてシルベリアとの交流を深めていった。
「あら。メリル姉様ったら……
今日もお仕事をサボっていらっしゃるの?」
「やだぁ。人聞きが悪いわねぇ。
引き篭もりのお姫様のお相手をして差し上げてるのよぉ?」
「ふふ。照れ隠しかしら?
私とのお話が楽しいのでしょう?」
「言うようになったじゃないのぉ。
まあ、そういうことにしておいてあげるわぁ。」
そう言って笑い合う二人だったが、シルベリアは不治の重い病に冒されていた。
それでも健気に笑みを見せるシルベリアと触れ合うメリルは、いつしか彼女に亡くなったラティマの影を重ねるようになっていた。
こうして、諦めにも似たエルフやドワーフへの嫌悪を溶かすように、徐々にシルベリアと心の距離を縮めていったメリル。
その温もりには、彼女の失っていた人としての心を徐々に呼び起こすほどの力があった。
ただ、アイゼンゴート家の当時の当主であるシルベリアの父や、周囲の分家の者たちにとっては由々しき問題だった。
シルベリアの身体では子が望めず、このままでは当主の血筋が途絶えてしまう。
いつの間にか彼女自身の身を案じる者は減り、家の保身ばかりに焦燥する空気がシルベリアの周囲を覆い始めていた。
しかしそんなある日──
アイゼンゴート家がとった非情な行動が、メリルとシルベリアを包む温かい時間に深い影を落とした。




