第10話 巨影を穿つ灼光
少し浮き上がり地を滑るように進む聖導船。船内は不快な揺れもなく快適なはずだが、アストの心は一向に晴れる気配はなかった。
ミアの肩を抱き、ただ真っ直ぐに夜空を見つめるアスト。
窓から見る夜空の星々は瞬いているが、その光はどこか遠く、手を伸ばしても届かない。
聖王国へ向かうことを決めてから、彼の胸は鎖が絡みつくように締め付けられていた。
自分の決断は正しかったのか──
その問いが、何度も頭をよぎっては彼の心を蝕んだ。
ふと隣を見ると、そこには気丈に振る舞うミアの姿がある。
ただ寄り添うことしか出来ない自分が、情けなくて仕方なかった。
そんなミアもまた、内には不安を抱えていた。
聖王国に行けば、確かに自分は保護されるだろう。
だがそれは同時に、アストと離れることを意味するのではないか──
ミアは小さな手を膝の上で握りしめ、アストの不安そうな横顔を静かに見つめる。
言葉にできない不安が、彼女の胸を締め付けていた。
自然と言葉は減り、船内が静寂に包まれる。
そんな二人の様子を、ルシアナは黙って見守っていた。
その胸に抱える不安を察したのか、彼女は静かに語り始める。
「リリア様は高潔なお方だ。
救済者を利用しようなど……そんな無粋な真似はしない。
救済者の奇跡は、誰のものでもない──
その信念に従い、あなた方を守りたいと……そうおっしゃっている。」
ルシアナの言葉は穏やかでありながら、芯の強さを感じさせた。
その言葉の全てに、嘘偽りは感じられなかった。
アストは眉を寄せ、ミアは少しだけ安堵の表情を浮かべる。
だが、二人の不安が完全に消えることはなかった。
──その時だった。
突如、激しい衝撃が船内を走る。
聖導船の床は軋み、壁全体が震えた。
すぐに警報が鳴り響き、操縦士の叫ぶ声が耳に届いた。
「帝国軍の飛空挺だ!
……っ!攻撃を受けている!!」
窓の外に、重々しい巨影が迫っていた。
帝国の紋章を刻んだ飛空挺が、魔導砲に周囲の大気魔力を収束させている。
次の瞬間──
閃光が空気を裂き、聖導船の障壁に激突して弾けた。
凄まじい轟音と共に船体が震え、アストとミアは思わず身を寄せ合う。
「障壁をもっと重ねろ!!
……くそっ!……持ちこたえてくれ!!」
操縦士の声に応じ、幾重もの聖法障壁が分厚い盾となり船体を覆う。
しかし、連続する砲撃に障壁は軋み、徐々に亀裂が入り始めていた。
このままでは、障壁は破られ、いつ船体に砲撃が届いてもおかしくない。
ルシアナは漆黒の外套を翻し、鋭い声を船内に響かせた。
「私が出て囮になる!
お二人を……必ず聖王国までお連れしろ!!」
その瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
アストは思わず叫ぶ。
「待ってくれ!
あなた一人でどうするつもりだ!」
だが、ルシアナは振り返らず、騎乗艇に跨り船外へ飛び出そうとしていた。
その時──遠くで何かが爆ぜるような音がした。
次の瞬間。
辺り全てを震わせる轟音と共に眩い光が夜空を切り裂いた。
渦炎を従えた巨大な槍が、帝国の飛空挺を撃ち抜いたのだ──
槍は煮え滾るマグマのような灼赤の光を纏い、飛空挺の中心深くへと突き刺さる。
瞬時に周辺は溶け広がり、爆裂の衝撃が空を震わせた。
「──っ!!」
アストもミアも唖然と息を呑む。
飛空挺は高度を失い、黒煙を吐き捨てながら傾いていく。
船体は煌々と赤く染まり、やがて空中で爆散し、炎の破片となって夜空に散った。
──辺りを不気味な静寂が包む。
聖導船の甲板へ飛び出したルシアナは、風に髪を揺らしながら、空から降り注ぐ火片を見つめていた。
その表情には、常に冷静な彼女とは思えぬ確かな動揺が浮かんでいる。
「あれは……
帝国の対艦破壊兵器……《魔導機槍グングニル》……
なぜそんなものが……自軍の飛空挺を……」
その声は、理解の及ばぬ光景を前に、わずかに震えを帯びていた。
アストは窓越しにその光景を見つめ、胸の奥に新たな感情が芽生えるのを感じた──
守られることへの安堵と同時に、自分の無力さへの痛み。
ミアは彼の袖を掴み、震える声で呟いた。
「アスト……大丈夫だよね?」
彼は答えられず、ただ黙ってその手を握り返すことしかできなかった。
飛空挺が落とされ、脅威は去った。
しかし、束の間の安堵はすぐに消え去り、何者があの槍を放ったのかという恐怖が、その場にいる者全ての心に突き刺さった──




