振り返らない背中
朋美は、一歩一歩とリンクの先へ歩みを進めていった。
急ぐこともなく、迷うこともなく。
その足取りは、まるで自分のしてきたことと、これからの未来を、ひとつひとつ噛みしめているようだった。
そして――一度も振り返らなかった。
僕たちは動けなかった。
声をかけることも、手を伸ばすこともできない。ただ、その背中を見つめることしかできなかった。
病室は静まり返っていた。
さっきまでの戦いが嘘みたいに、音が消えていた。
時間だけが、ゆっくりと流れていく。
やがて、朋美の体が、緑の光に縁取られながら穴へと吸い込まれていく。
輪郭がぼやけていく。
現実から、切り離されていく。
完全に見えなくなる、その直前――
僕は、気づけば叫んでいた。
「朋美!」
その瞬間、朋美の足が止まった。
ほんの一瞬だけ。
本当に、一瞬だけ。
けれど――それだけだった。
彼女は振り返らなかった。
僕の視界に残っているのは、消えゆく背中だけ。
それでも、なぜか分かった。
きっと、彼女は――
微笑んでいる。
悲しみでも、絶望でもなく。
すべてを受け入れた、あの穏やかな笑顔で。
そして
彼女の姿は、完全に消えた。
緑の世界も、音も、気配も。
すべてが断ち切られるように、空間の裂け目が閉じていく。
静寂が戻る。
何もかもが終わったような、空白。
僕たちは、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。
すべてが、終わった。




