↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HEAT―絶望の再会―  作者: カナタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

第2話:潔癖な指先



 放課後、中庭。


「ほ、ほ、穂積くん!?


 えっ! ええええ!!


 ゴミ袋破けてる!? うっそ!!


 えぇぇ! どこから――っ!?」


 あまりの狼狽ぶりに、皮肉を投げるタイミングさえ失った。


 ……いや、待て。


 そもそも、なぜこいつはゴミ袋を四つも抱えているんだ。


「お前、何をどうしたらこんなことになる?」


「えっ? あ、あのね……」


 彼女は破れた袋と俺の顔を交互に見て、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ゴミ捨て場に持っていこうと思っただけなんだけど……」


「四袋もか?」


「うん。あ、でも、最初は一袋だったの!」


 聞いてもいないのに、彼女は慌てて説明を始めた。


「帰りにゴミ捨て場に行こうと思って、ゴミ袋を持ってる子に声をかけたの。そしたら、同じ方向だからついでに持っていくよーって……」


「それで?」


「そしたら、別のクラスの子も困ってて。私、どうせ行くところだったから、そっちも持っていくよーって」


「……」


「そしたら、もう一人……」


 なるほど。


 自分の荷物を運ぶついでに、他人の荷物まで引き受けた。


 しかも、相手のクラスも人数も選ばず。


 結果、運搬能力の限界を超過した挙げ句、袋を破裂させたらしい。


 天然とお人好しの悪魔合体。


 自分の損失を一切計算に入れず、他人の問題を無差別に引き受ける。


 これが世に言う、善意の自爆装置か。


 ……笑えない。


 思考回路の出来を疑いたくなるが、目の前の惨状は「環境美化」という一点において、看過できないレベルの無秩序を呈している。


 俺は至極冷静な事務作業のように、近くの掃除用具入れからスチール製のトングを取り出し、彼女へと差し出した。


「知るか。何にせよ、お前が撒いたゴミは自分で拾え。一粒残らずだ」


「は、はい……! 本当に、その、ごめんなさい。……これ、ありがとう」


 受け取る手元が、小刻みに震えている。


 叱られた幼児のようなその反応に、俺の調子がわずかに狂う。


 無関心を貫くはずの自分の指先が、気づけば予備のトングを掴み、アスファルトにへばりついた湿った紙屑を拾い上げていた。


「あッ! ちょっと、穂積君、いいよいいよ! 私がやるからっ!!」


「知るか。俺は汚いのが視界にあるのが我慢できないだけだ」


 無言のまま、二人の影が夕闇の迫る中庭を這う。


 五分後。


 ようやく「秩序」は取り戻された。


 冷たい水の流れる手洗い場。


 そいつが洗い終えた後も、俺はなお、蛇口の前に立ち尽くしていた。


 ごしごしと、


 皮膚が赤くなるまで石鹸を泡立て、


 執拗に指の間を擦り合わせる。


 網膜に焼き付いた「あの日」の汚れを、今この瞬間も落としきれないかのように。


 その異様な様子を、背後で見守っていた梨亜が、消え入るような声で呟いた。


「穂積君、むかし……」


「おーい、りーあー! かーえーろー!!」


 校舎に反響する、無遠慮なまでの大声。


 佐久間紗奈が、渡り廊下から大きく手を振っていた。


「ってゲッ! 穂積」


 俺と目が合った瞬間、彼女は「この世の終わり」でも見たかのような露骨な嫌悪を顔に出した。性格の悪さが透けて見える。


 だが、次の瞬間、彼女の瞳がキラリと卑俗な光を宿した。


「あ、ちょっと待って!!


 ……あー、そういうこと!?


 あは、ごめーん梨亜、邪魔しちゃった!


 ごめんごめん!」


 勝手な解釈、勝手な納得。


 その理解不能なノイズは、異星人の交信記録にも近い電気信号に思えてくる。


 不快だ。


「紗奈ちゃん、違うの、私、失敗しちゃって――」


 彼女の慌てる声を背に、俺は一刻も早くこの場を立ち去ろうと、濡れた手を拭いもせず踵を返した。


「……穂積君! 本当に、ありがとう!!」


 遠ざかる背中に投げかけられたその声が、


 鼓膜の奥で妙に歪んで響いた。


 ――いやに、懐かしい。


 胸の奥に沈殿していた澱(おり)を、冷たい指でかき回されるような、正体不明の不快感。


 あるいは、取り返しのつかない喪失への、淡い予感。


「ああ。次は気をつけろ」


 振り返ることもなく、俺はただ逃げるように、桜の花びらが吹き溜まる廊下へと足を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。