8 年下の幼馴染み
「急にどうしたんです?」
親戚のおじさんのノリかしら。
首を傾げて返答を待てば、おーいてて、と言いながらマルコスさんが顔を上げた。
「ごめんごめん。この一年間ずっと、そういえばアニシアちゃんってお仕事しているところしか見ないなぁって思って」
駐屯所や食堂、見回りの巡回を繰り返す彼らと出会うのは大体食堂だから、それも当然ね。
「巡回騎士としてはこの食堂を続けて欲しいけど、アニシアちゃん的には別にやりたいこととかないのかな~彼氏がいるならお嫁に行くのかな~って思ったらつい」
「お前……」
あっけらかんと笑うマルコスさんに、ルーベンさんが頭痛が痛いと言わんばかりの顔をする。誤字じゃないわ。
あらまあ、つい先ほど考えていたことを疑問に思ったのね。
「さっきも言いましたけど、彼氏はいませんよ。私はこの食堂を継ぎたいので、お嫁に行く予定もありません」
「そっかー継ぐ予定か! じゃあ巡回騎士は安泰だ!」
「この馬鹿がすまない」
「いえいえ」
お食事事情ってとても大事なことだから、マルコスさんが気にするのもわかるわ。マルコスさんの任期はもう数日で終わるけど、数年後にまたトリス配属になる可能性だってあるのだし。
調理場の方ではお父さんが力強いガッツポーズをとって、お母さんに背中を叩かれていた。
「ただ、年の近い男性は一人っ子が多くて……お婿に悩んでいます」
「成程……うちの三男とかどう?」
「まあ、マルコスさんにお子さんが?」
「いや、俺の弟。末っ子の二十三歳」
身内を勧められたけれど、弟さんは帝都在住。田舎町までお婿に来てもらうのはとても申し訳ないことだわ。あと会ったことがないです。五歳差は許容範囲だけれど、私の中身がおばあちゃんなのよね。精神年齢九十歳越えは許してくれるかしら?
「お料理は私が作れますから、食堂をお手伝いしてくれるお婿さんを募集中です」
「ははは、アニシアちゃんが積極的にアピールすれば求婚者が列をなしそうだなぁ」
「あらまあお上手」
カラカラ笑うマルコスさんに、口元を押さえてふふっと笑う。
そう言っていただけるのはとても嬉しいけれど、ちょっと難しいと思うの。条件にあてはまるのって、セリオくらいだし……そのセリオはエメリナに夢中で私もそれを応援したいから、声高にお婿さん募集って叫べない。
叫んだ途端、エメリナにセリオを勧められたらセリオがとても憐れだわ。
何より……ひ孫の顔を見て老衰した前世の記憶から、どうしても同年代が孫にしか見えないの。過去に囚われちゃいけないと思うけど、この感覚はなかなか抜けないわ。
見た目ダンディーなマルコスさんだって、時々我が子みたいに思ってしまう。
マルコスさんの場合はダンディーなのが見た目だけだからかしら? でも、頭痛が痛そう(誤字じゃない)なルーベンさんのことだってなでなでしてあげたくなるから、おばあちゃん感覚が抜けきれないのよね。
それなのに両親には甘えたくなったりするから、血の繋がりって不思議だわ。
かつての我が子より若い人たちなのに、自分の親だっていう認識があるからか、甘えたくなるのよ。時々どうしようもなくぎゅっとしてなでなでよしよしして褒めたくもなるけど、そうして欲しいとも思うの。
不思議だわ。
自分の深層心理の不可思議回路に対して、頬に手を当てて首をかしげていると、それが婿事情に悩んでいるように見えたみたい。マルコスさんはにやにやしている。悪ふざけをする子供みたいな顔ね。
「アニシアちゃんは器量よしだからな。心配しなくても、その内我こそはって奴が駆け込んでくるだろ。そう、同年代に居ないなら年下とか……あの本の虫みたいな」
「勝手に何言ってるんだ!」
にやにやしながら何が言っているマルコスさんの言葉を遮るように、まさしく少年が駆け込んできた。マルコスさんのいるテーブルを白い手がバンと叩く。勢いで、真っ直ぐな濃緑の髪が揺れた。
すぐ隣に、駆け込んできた同じくらいの身長の少年が、肩で息をしながら立っていた。
肩にかかる長さの濃緑の髪はサラサラで、若葉色の目はシャープな眼鏡も相まって涼し気ね。ほっそりとした成長途中な少年は、いつもは青白いくらいな肌を興奮で赤く染めながらマルコスさんを睨んでいるわ。
彼はルイス。五歳年下の十三歳。
ご近所さんで、外に出るより家の中で本を読むことを好む勤勉な子。トリスにある本は全部読んだんじゃないかって言われている秀才さんよ。
食堂の近くに住んでいるから、巡回騎士の彼らとも割と顔を合わせる機会も多い。
最初は興味なさそうだったのに、数か月前からやたらとマルコスさんに噛みついているのを見かけるわね。どうしたのかしら。
そんな時はたいてい、今みたいにマルコスさんがにやにやしているのよね。
何か言おうとしたマルコスさんだけど、すぐルーベンさんに取り押さえられた。
「いい加減に揶揄うのをやめろ。はやし立てられて上手くいくわけがないだろう」
上手くって何がかしら?
気になったけど、毛を逆立てた猫みたいなルイスの様子から質問は出来なさそう。
マルコスさんは相変わらずにやにやしているけれど、素直に立ち上がってルイスの頭をポンポン叩いた。
「よーし頑張れよ青少年! 三年後くらいにどうなったか確認に来るからな! 進んでなかったら弟連れてくるからな!」
「もう来るな!」
ルイスってば、帰るお客に塩を撒きそうな勢いね。
マルコスさんたちを追い払うみたいに睨んでいたルイスは、甘い軽食を頼んだ。
本を読むと飲食を忘れるルイスは、いつも食事の時間を過ぎてから食堂に現れるわ。少ないお客も全くいない時間帯。そういった時間は両親が休憩に出ていて、私が軽食を作ることが多いの。今日もマルコスさんたちに食事を提供してから休憩に入った両親に変わり、私が軽食を作ったわ。
正確に言うと、ルイスが来たタイミングで母が切り上げているのを見たわ。
食堂に二人っきり。お客さんが少ないのでこれもよくある事よ。
ルイスが食事をしている間、洗い物をしたり食材の残りをチェックしたりする。ルイスは小食でゆっくり食べるから、私ものんびり彼が食べ終わるのを待つの。
彼は最後の一口がいつも長い。よく噛んで食べるからとても健康的ね。
生活習慣を整えてくれたらもっと健康なのだけど、興味があることに夢中になれるのはいい事よね。まだ若いのだし、これからも気を付けるよう注意を促して様子を見ていくしかないわ。
「……?」
視線を感じて顔を上げれば、若葉色の瞳と目が合った。
これもよくあること。
目が合うたびにびっくりした猫のように飛びあがるのがなんだか可愛くて、私はいつもくすくす笑ってしまう。
笑われたのが恥かしいのか、怒ったのかルイスはいつも真っ赤になって帰ってしまう。今日も真っ赤になって帰っちゃったわ。
思春期の男の子だし、可愛いって言わないようにしているけど……急に笑われるのは嫌よね。ごめんなさいね。
でもやっぱり、可愛いのよね……。
おばあちゃんの感覚が抜けないアニシアさん。
婿の条件を満たす年上・同世代の男子がいない、婿難民。
おや?年下の様子が……。




