6 田舎町の巡回騎士
田舎町トリスは基本、自給自足。
だけど勿論、八百屋も肉屋も存在するわ。
町の中心部には大樹があって、大樹を囲むように広場があり、広場を囲むように店が並ぶの。
広場から四つ道が広がって、北側には町長の家。東側には自警団本部。西側には駐屯所。南側が町の出入り口になっているわ。
合間にぽつぽつと民家があって、家の裏手には小さな農場や果樹園などが並んでいるの。西側の奥には山奥へと続く山道があって、山に入る時は駐屯所の前を通るから、誰がいつ山へ向かったのかを管理しやすくなっているわ。
山に入って、帰ってこないと大事件だから。それに山の幸だって大事な資源だから、取り尽くされないようここで管理しているわ。
駐屯所とは、巡回騎士が滞在するための建物のこと。
巡回騎士とは、帝都から派遣されて一年間地方で過ごす騎士のことを言うの。
……ええと、左遷とかではないわ。
巡回騎士の役割は地方の魔物討伐と地方の情報収集。
つまり魔物を倒す実力と情報収集能力を買われて任されているの。魔物も帝都近くより、帝都から離れた地方の方が強いと言われているから、その討伐を任されるのはとても名誉なことよ。強さの証明、っていうのかしら。
ただ、ちょっと調子に乗っちゃっている貴族の若造を巡回騎士にして、その厳しさをわからせるという一種の洗礼みたいな役割をしていることもあるみたい。
そういった場合は、あまり帝都から離れていない町へと送られるわ。長い鼻を折っていつでも送り返せるように、っていつかの巡回騎士様に教えて貰ったの。
帝都から離れた地方では、再教育とか言っていられない程に魔物が強いから、そんな問題児が来たら洒落にならないらしいわ。もしもあったら、処刑物の行為らしいの。
この田舎町周辺のことしか知らない私としては、本当にこの一帯の魔物がすごく強いのかなんてわからないのだけれど。
そしてこの巡礼騎士が、田舎町で一つだけとはいえ食堂が商売として成り立つ理由よ。
彼らは魔物の討伐、情報収集はもちろん鍛えられているけれど……食生活は、彼らだけで補えるものではなかったの。
野営と違い選択肢があるのなら、ちゃんと準備された食事をとりたいと思うのは自然な事よね。
駐屯所は騎士が滞在することを前提とした施設なので、食堂はあるけど、調理する人間がいない。彼らが交代して食事を作ろうにも、限界がある。かつ、期間が一年と決まっているので料理を覚えようとする騎士も少ないみたい。
野営飯なら作れるけれど、繊細な調味料を使った調理はできない人がほとんどだったわ。
あと、騎士様って身分は関係ないけれど、やっぱり貴族出身の人が多いのよ。野営はともかく、厨房に入ったことがない人の方が多かったわ。これ、私調べよ。
という事で、我が家の食堂は広場から西側に。駐屯所と広場の間にあるわ。
町を守るためやって来た騎士たちに、美味しいものを提供したい。そう願った祖父が開いた、小さな食堂よ。
「いいかマルコス。明日の朝までに必ず引き継ぐ内容をまとめておけよ。もう時間が無いんだ。ただでさえお前は筆が遅いんだから、きちんと計画性を持って」
「わかっている。わかっているがそんなことより腹が減った。アニシアちゃ~ん! 今日の日替わりはなんだい!? 」
「話を聞けマルコス!」
お昼を少し過ぎた頃。壮年の男性が二人、食堂へとやって来た。
白髪交じりの黒髪をきっちり後ろに流し、シャープな眼鏡をした男性と、くるくるした金髪と口ひげを整えた男性。どちらも真っ黒い騎士服を着ているわ。
騎士服は詰襟の軍服に似たもので、鍛えられた男性が着ると筋肉の厚みがよくわかる。去年トリスにやって来た巡回騎士の二人は、例年の巡礼騎士たち同様にこの食堂を利用してくれているわ。
眼鏡の方がルーベンさん。口髭の方がマルコスさん。
町に駐屯する巡回騎士は八~十二人。隊でいうなら一つの班として扱う人数らしいわ。
班を率いる班長と副班長、彼らを支える班員で一年を過ごすの。毎年やってくる人数はまちまちで、去年は十人だったわね。
ちなみにマルコスさんが副班長で、ルーベンさんは班員さん。同期らしく、表立っていない場所ではとても気安くやり取りをするわ。
失礼ながら私は、確認するまでルーベンさんを副班長だと思っていたわね。
「お二人ともお疲れ様です。今日の日替わりは鶏肉のソテーと白魚のフライの二つですよ」
「やったね鶏肉! 俺は鶏肉のソテーで!」
「マルコス!……すまん、俺も同じものを」
「はぁい」
テーブルについた彼らにお茶を出しながら声をかける。
食堂で出すお茶、こちらではそんな習慣はなかったわ。これは私が日本の感覚で始めたもので、最初は注文していないのにお茶が出てくるので首を傾げられたけれど、サービスだと続けたら喜ばれた。
本当はお冷がいいんだけど、冷たい水は井戸からくみ上げないと難しい。冷蔵庫に似た氷室はあるけれど、他の食材を優先するから冷たい水を常備し続けるのは難しいの。
一年前は首を傾げていた彼らも、今では当たり前のように飲んでくれる。お茶で口を潤して、いつも揃えて注文が入ったわ。私は彼らの仲が良い様子に思わず笑いながら頷いた。
食堂のメニューは、田舎で品揃えが悪いこともあり決まった食事を提供することが難しく、なかなか決まらなかった。
巡回騎士という約束された顧客があっても、それ以上のお客はあまり見込めない。ぽつぽつと客はいるけど稼ぎを考えたらとても少なかった。
自給自足なトリスでは、同じ食材が決まった頻度で入荷できない。少ないメニューで食事を提供していたのだが、それでは飽きてしまう。
巡回騎士たちは一年トリスに居るのだ。食事が提供されるだけ彼らにとっては僥倖だと言われたが、それでも町を守ってくれる人たちだ。そんな彼らに飽きなど感じて欲しくない。
そんな悩める祖父に、私は日替わりにしたらどうかと提案してみた。
その日手に入った食材で、その日のメニューを決める日替わりランチ。
常連客は決まっているし、増減があっても人数は限られている。決まったメニューを保つのが難しいのだから、いっそメニューを撤廃してしまったほうがいい。
常時手に入る食材で出来るサイドメニュー的なものは残して、メインの食事を日替わりにする。
そうすれば毎日通っていても飽きは来ない。
献立を考える苦労は常にあるけれど、私たち家族はそれを楽しむことにしたの。
でも毎日献立を考えるなんて、生活するなら皆通る道よね。
そう思えば、家族でわいわい話し合える環境って、とても楽しいと思うわ。
家族三人でわいわい献立を考える食堂一家。




