37 深夜の密会1
「もう、突然危ないことをして、驚いちゃったわ」
「えへへ……」
前世の記憶を、というより中学生男子の意識を追い払おうと打ち付けた額からはちょっと血が滲んでいる。それを見たアニシアが、困った顔で手当てをしてくれていた。
「自分から頭をぶつけるなんて、最近落ち着きがないわよ?」
「面目ないです……」
めっ! なんて勢いで額に絆創膏を貼られた。この世界観で絆創膏があるの、ゲームの世界の無尽蔵さを感じる。それとも魔石があるから作れるのだろうか。
アニシアは、エメリナが疲労で一歩も動けなくなっているだろうと予想して、夜食を作って持って来てくれた。今までも何度か似たような事があり、その時は二人で語り明かし、一緒のベッドで眠った。つまりこれは、お泊まり会の合図なのだ。
一人暮らしの「エメリナ」は、寂しいときに寄り添ってくれるアニシアにとても感謝していた。優しい香りに包まれて眠るのが好きだった。
人前では話せないことも、燻っている想いも、アニシアになら隠さず伝えることができた。
今までは。
(――前世の話とか、できるわけがないから!)
恐らくアニシアは、私が行き詰まっている……忙しくて疲れているだけじゃなくて、思い悩んでいるのにも気付いている。だからこうして、いつものように話を聞く態勢で来てくれたのだ。
推しの薄着命助かる。喧しいわ内なる声が。
「連日忙しくしているけれど……どう? 光属性の魔力の使い心地」
「使い心地自体は……うん、悪くないかな」
そう、悪くはない。
むしろ、光属性の魔力は魔物を吹き飛ばす威力なので、俺TUEEEEEE! 状態。
先程戦闘手順について説明したが、光属性は一枚でも攻撃力二倍。その為、出現率が他の属性より低い。多分、光属性が希少なのも理由だろう。
同じ理由で闇属性の配色も、出現率が低い。そして闇属性は、魔物を回復させるデメリットがある。
(で、好感度の高い攻略対象と一緒に戦闘すると、闇属性の出現率が下がって、光属性の出現率が上がる)
つまり攻略を進めれば戦闘もしやすくなる。
(理に適ってはいるんだよな……仲良くなったら、そりゃ連携もしやすいし)
魔力の使い心地は最高だ。天狗になっちゃうくらいの威力で魔物を吹き飛ばせる。
しかし人間関係は壊滅的だ。かろうじて連携できるが、自分達より強い相手が出てきたら危ない気がする。
恐らくテオさんもそれをわかっているから、よくベニートと討論……相談しているんだ。今日だってちょっと強い魔物が相手で、オスワルドの世話になるくらいの怪我をした。
このままでは危険だ。
(不仲のままじゃなくて、どっかでお互い認め合って、健全なライバルになったはずだけど……その進みがわからないんだよな……)
敢えてゲーム通りにしていない弊害、というより、現実世界だからこそ、だと思いたい。
ゲームでは選んだ攻略対象に焦点を当てて進む。
大筋のメインストーリーは共通だが、大体が情報共有の場なので、キャラ同士の不仲とかあまり関係ない。
シナリオ自体もそう長くなく、リピートしやすいボリュームだったはず……。
(むしろ戦闘……ボス戦とかあるから、そこで躓く人もいたな。恋愛ゲームなのにボス戦に負けるとゲームオーバーだし)
恋愛だけでなく、ミニゲーム感覚があるから人気だったのだと思う。確か音楽ゲームと融合した恋愛ゲームもあったし。
うんうん唸っていたら、アニシアはいつの間にか温かいお茶を淹れてくれていた。一人用の小さなテーブルには、ふかふかのパンに具材がたっぷり挟まれたサンドイッチが並んでいる。
ちなみにこの家に茶葉はない。何故って、湿気らせてしまうから。
つまり、このお茶はアニシアが持参した茶葉で入れてくれた物だ。
「いつもありがとうアニシア」
「いいのよ。たくさん動いて考えているのだから、ちゃんと食べて体も頭も労ってあげて」
「アニシア~!」
笑顔があまりにも慈愛に溢れていて縋り付きたくなったけど、我慢だ。今まで気にしていなかったけれど、着替えていないから私はとても汚い。
今から風呂を沸かすのは流石に無理……と思って、とりあえず食事前に着替えることにした。散らかっている寝室に戻ってぽいぽい着替えてすぐ戻る。あまりの速さに、アニシアに苦笑されてしまう。
「着替えただけね。エメリナが気にしないなら髪を整えるけれど、良いかしら?」
「むしろお願いします」
食べたら寝てしまいそうだから、大変ありがたい。
飲食しながら身嗜みを整えるのはマナー違反とか前世の記憶が囁いたが、知らない。食べているのは自分だけだし、食事中に埃が舞っても気にしない。そもそも土足文化の中生きているので、前世の日本ほど衛生面を気にしていない。
別に不潔でいるわけではないが、前世で当たり前に守られていた境目が違うので気にならないのだ。
アニシアは持参した櫛で、私の金髪を整えていく。最近はふわふわと言うよりボサボサしていた髪が、アニシアの手でみるみる綺麗になっていく様子は、見なくてもわかった。どんどん引っかかりがなくなっていくからだ。
自分じゃない誰かに髪を梳かれているだけなのに、それだけで眠くなってくる。食事の安心感も加わって、私は今猛烈に眠い。
うとうとしながら根性で咀嚼を続ける私に、アニシアが後ろから声を掛けた。
「身嗜みに手が回っていないわね。それだけ疲れているのね」
「ん~……皆仲悪いから……しわ寄せが私にくるんだよね……」
「新しい属性より、人間関係に戸惑っているのね……それは新しい人が、たくさん話しかけてくるから?」
「それは仕方ないって思うけどぉ……せめて違う属性では争わないで欲しいっていうかぁ……」
「あらあ、同じ属性同士は仕方がないって思っているのね……同族嫌悪って言うのかしら。合っている?」
「どうだろ……それで、組み合わせに超悩むし……偏らないようにとか」
いっそ自警団だけで固めてしまおうか、と思ったりするが、それはそれで現実的に、大人の声が煩い。
「人を選ぶとき、何を基準にしているか不思議だったけれど、全体で見たときのバランスだったのね」
「うん、そう。偏らないように、とひたすら考えてた」
「じゃあ、セリオを避けているのも、付き合い方が偏らないように?」
「それは違……はへ?」
うとうとしながら会話していた私は、ふと引っかかりを覚えて思わず振り返った。ちなみに覚えたのは髪の引っかかりじゃなくて会話の引っかかり。
今アニシアはなんて言った?
「あら、違ったの?」
「ええ、え、なんでそれを」
「セリオを避けるのがバランス問題と違うなら……違うことに、気付いちゃったの?」
「んぐ!」
セリオが攻略対象……しかも好感度がかなり高い、攻略しちゃうかもしれない相手と気付いてちょっと距離を置いている自覚がある私は言葉に詰まった。
そんな私を見て、アニシアは納得したように頷く。
「そう、エメリナあなた……セリオがあなたのこと大好きだって、やっと気付いたのね」
「えっ」
私は一瞬、アニシアがなんと言ったのか理解できなかった。
理解できなかったが――すぐにハッとした。
そうじゃん。
そういえば、セリオって、キャラ設定的に……もう既に、私のこと好きじゃん!?
その事実に、今改めて気付いたのだった。
アニシアさん早とちり……だけど、仕方がない……。




