35 大切な子の異変
「アニシア、いるか?」
「あら、どうかしたの? セリオ」
両親のいないおやつ頃、食堂に珍しく顔を出したのはセリオだった。
以前はおやつ時になればルイスや、年配の方がお茶に来ていたけれど、町の復興作業を優先しておやつ時はほぼ空席。食事時には利用客がいるので困っていないけれど、長年おやつを担当していた私としてはちょっと寂しいわ。
だから顔を出したセリオに久しぶりのお客さんかと思ったけれど、自警団の制服を着たままだったから、違うわねと考え直した。何よりセリオは、わざわざ食堂でおやつを食べるほど、甘い物は好きじゃないわ。
首を傾げる私に、食堂に入ったセリオは念のため、とばかりに周囲を見渡した。
確認しなくても、見たままお客さんはいないわよ?
ついでにエメリナもいないわ。あの子は今、光属性の修行だってことで、テオさんと一緒に町の外に出ているはず。
ここ毎日、感覚を掴むためだと言って、四人で町の外へ出ている。テオさんは団長として引率役だけど、他二人は毎日違う人と一緒よ。
メンバーは、エメリナが決めているみたい。騎士団と自警団、どちらかの意見に偏ると喧嘩になるから、当事者のエメリナに決定権を与えているんですって。
ちなみに今日の引率はテオさんだけれど、ベニートさんの時もあるわ。一応公平になるように工夫しているみたい。
決定権を与えられたエメリナはすごく嫌そうにしていたけれど、れべる上げはしないと詰むって呟いて、毎日出かけているわ。
れべるって、何の事かしらね?
ちなみに今日は、自警団からはルイス。騎士団からはレオカディオさんを連れて町の外に出ているわ。
「相談したいことがあって、今良いか?」
「ええ、見ての通りお客さんもいないし、平気よ」
カウンターに座ったセリオの前に、温かいお茶を置く。食堂のお客さんではないけれど、個人のお客さんだもの。お茶くらい出すわ。
私は自分の分もお茶を淹れて、セリオの隣に座って一服することにした。
セリオは一瞬戸惑ったけれど、出されたお茶を一口飲んで、ほっと息を吐いたわ。
うん、相談事って、するまで勇気がいるわよね。あと、正面より隣にいた方が良いらしいわ。前世からの知識だけど、異世界でも同じだと思うの。
「……エメリナのことなんだけど」
ぽつりと呟くセリオ曰く、エメリナの様子がおかしいとのこと。
――そうね、それは私も思っていたわ。
「よくわからねぇけど、最近エメリナに、やけに避けられてんだよ」
「あらまあ」
「視線も合わないし、会話もぎこちないし、やけに距離を取るし……今までそんな事なかったのに、アイツらが来てからやけに」
そう言って顔を顰めるセリオの頭に浮かぶアイツは、恐らくレオカディオさんね。
他の騎士団の人達とも衝突しがちだけれど、王子様然としたレオカディオさんが自然な動作でエメリナに触れるのを、セリオはよしとしていない。距離が近い、と割って入るのがほとんどだわ。
なんで知っているかって、食堂でもよく見るし、町を歩けば似たような状況をしょっちゅう見るから。多分私じゃなくても気付けるわね。エメリナがどうか、わからないけれど。
……いいえ、今のエメリナは、いつもと様子が違うから、もしかしたら気付いているかもしれないわ。
「距離を取るのは、セリオにだけ?」
「ああ……いや、違うか? オスワルド先生のことも避けてた気がするな」
「まあ、先生のことも?」
「先生が意味深なこと言うといつも首傾げてたのに、最近は白けた目しているって言うか……アイツやっと内容理解したのか?」
そうかもしれない。
光属性という珍しい属性に目覚めた事で、今まで気付かなかった事に気付けるようになったのかもしれない。
たとえば――セリオの気持ちとか。
――気持ちに気付いたからといって、セリオを避けるような子じゃなかったと思うのだけれど。
今のエメリナは予想外の行動をするから、断言できないわね。
でも、これだけは確かだと思う。
「エメリナは、セリオを嫌いになったりしないわよ」
「……別に、そういうの気にしてるわけじゃねえよ」
「新しい人達にたくさん話しかけられて混乱している部分もあるでしょうし、今度お話きいてみるわ。多分そろそろ、あの子も疲れちゃうと思うの」
「だな、頼んだ」
「任せて」
そう言って、セリオは席を立った。十分程度しかいなかったけれど、今仕事中だものね。ちょっと休憩に立ち寄った、が通じる時間はそれくらいよね。
成長途中の背中を見守って、ゆっくりお茶を飲み干す。
――セリオが不安になるくらい、エメリナの様子はおかしい。
光属性に目覚めて、矢面に立たされて、能力の把握を求められて……許容量を超えてしまっているわ。
わかりやすく言うと、テンパってるわね。
だからそろそろ、休ませてあげないと。
私は一つ頷いて、空の湯飲みをカウンターに置いた。
ずっと一緒にいるので、エメリナの態度がおかしいのはわかるのだ。
流石に前世の記憶~は想像できないけれど。




