26 彼の記憶
ここからエメリナ視点が続きます
――何が起きたのか、何が起こったのか、誰か早急に教えてくれないか。
先ほどまでの喧騒が嘘みたいに静まり返った田舎町トリス。傷跡の残る道端で、私は呆然とへたり込んでいた。
「エメリナ!」
聞き慣れた幼馴染の声が聞こえる。緩慢に首を動かせば、自警団の制服を着て武装した幼馴染が私に駆け寄ってきているのが見えた。その背後では自警団長が他の団員たちに指示を出している。
皆、普段からあちこち汚れているけど、今日は一段と赤く汚れていた。
これは洗濯が大変だ。
…なんであんなに汚れているんだっけ。
あれ、何があったんだっけ。
頭が働かない。ぽかんとしていれば、駆け寄ってきた幼馴染みが膝を折る。ここでようやく、もう一人傍に座り込んでいたのに気付いた。いつからいたの?
一つ年上だからって偉ぶって、いつも兄貴風を吹かせるセリオが真剣な顔をして私の顔を見る。でもすぐ、視線は下に。
その隣でいつの間にか膝をついた、四つ下のルイスが緑の光を煌々と輝かせている。町を駆けまわって怪我をするたびよく聞かされた治癒の魔法。お約束になったそれを、使えないのにしっかり覚えてしまった呪文を、何故今唱えているのか。誰に唱えているのか。誰か怪我をしたのか。
怪我。
傷。
血。
「あ」
途端、ずしりとした重みを膝の上に、下半身に感じた。
座り込んだ私の膝に、私の身体に覆いかぶさるようにして倒れている少女。俯せで、顔は見えない。見えないけれど、後ろ姿でそれが誰だかすぐわかる。
アニシア。私の、一つ年上の、大好きな友達。
しっとりとしたセミロングは亜麻色。仔犬の様な黒目がちの瞳は焦げ茶色。
両親の定食屋を手伝って、クエストの受付嬢なんかもしていて、情報通な笑顔が素敵な女の子。
水色のワンピースに白いエプロン。小柄なのに肉欲的なお胸がロリ巨乳ひゃっほー素晴らしいじゃねぇか合法ロリですかそこまでロリでもないですねでも小柄でお胸ぷるんぷるんで家庭的とか男の夢を詰め込んだ存在じゃねぇの最高ですか最高ですねそうですねそれなのに何で攻略ルートが存在しないんですかせめてノーマルエンドの友情エンドが欲しいのにそれすらないとか公式は鬼畜よくわかんだねそもそも乙女ゲームだから女性は攻略できない……って、は?
呆然としているところに流れるように湧き出てくるこの知識は、何?
それどころじゃないでしょ、アニシアが怪我をしているの。私を庇って怪我をしたの。
田舎町トリス。帝国の端っこにある、山の中にある小さな町。
何もないけど平和な田舎町を、突如襲った魔物の大群。
真っ昼間から、普段より近く響いた魔物の遠吠え。おかしいと思ったときには、自警団と巡回騎士の避難を呼びかける叫びが聞こえた。
避難誘導しろと指示されて、自警団の団員として、見習いとして走り回った。
親とはぐれた子供を保護して。
私目掛けて迫って来た魔物と、同じように逃げ惑っていたアニシアが私を呼ぶ声が響いて。
それで。
アニシアが怪我をして。倒れて。
それで。
頭の中が、真っ白に、光で覆い尽くされて――――。
「……今のは、光属性の魔法」
「珍しい。彼女、属性持ちだったのですか」
「いや、報告を受けていない。恐らく今まで覚醒していなかったのだろう」
「死の恐怖からの覚醒かぁ~、これは大変そう。あの威力、火事場の馬鹿力じゃなければいいけど」
聞き覚えのない声。
のろのろ顔を上げれば、騎士団の制服に身を包んだ――やけに見目麗しい四人組が見えた。
金髪赤眼の騎士。
青い髪の隊長。
茶に近い金髪の魔導士。
緑のかかった黒髪の男の娘。
なんだこいつら濃いな。
「医者が来たぞ! 通してくれ」
「こっちです! 僕の魔法じゃ応急処置しか出来なくて!」
「エメリナ、アニシアを離すんだ」
「エメリナ。聞こえているか、エメリナ!」
やけに近くで聞こえる、聞き慣れた声。
兄貴分の幼馴染。
弟分の幼馴染。
闊達な自警団団長。
女たらしの医者。
こいつらも濃いな。今まで気にならなかったけど濃いな。
それもそうか、こいつら攻略対象だ。
攻略対象だ。
攻略対象だ。
攻略対象だ?
そんな意味不明な一言がすっと浮かんで頭に溶けた。
私は田舎町トリスに住むエメリナ……『トライアングルラブキス!~貴方は誰の手を握る?~』のヒロイン。なんだこの題名。
私はゲーム序盤の覚醒イベントを経て、この世界で珍しい光属性に覚醒して。
ついでとばかりに、男子中学生だった前世の記憶も覚醒した。
なんだそれ。どういうことだこれ。でも一つだけわかることがある。
「あにしあしなない」
だって彼女は、このゲームのサポートキャラ。
この覚醒イベントで怪我は必須だったけれど、次の日には目を覚まして笑顔を見せてくれていた。
そう、無事。
生きている。
ここでは。
「あにしあ、いまはしなない」
笑顔が素敵な癒し系美少女、ヒロインのサポートキャラ。
プレイヤー皆大好きアニシアは。
ゲーム終盤で――強制イベントで、死亡する。
「げふっ」
「エメリナー!?」
その事実のあまりの衝撃に、覚醒イベントの衝撃と前世を思い出した知識量に、私の頭はぱぁんっと容量を超えて気絶した。
実はエメリナもぶっ倒れていた。
でも数分で起きたので、アニシアは倒れたことを知らない。




