20 眩しい子
テオさんに言われて走りながら、私は必死にエメリナを探した。
エメリナは見習いとはいえ、自警団員。
戦闘員としてではなく、避難誘導員として、この混乱の中頑張っている。
見渡す限り近くにはいない。
きっと本部の近くにいる。近付けば、きっと会えるわ。
今にも抜けそうになる腰を叱咤して、必死に逃げた。
魔物達は、ちょこちょこ逃げる人間より、自分達と対抗する人間の排除を優先したらしく、幸いなことに私を狙って飛びかかって来なかった。
そういえば、最初に襲いかかってきた魔物は、何処に行ったのかしら。お母さんは、ちゃんと地下に逃げられたはずだけど。まさかずっといる? お父さんは。
ああ、ダメね。混乱して、不安がどこまでも付き纏う。
私は無力で、逃げることしかできないのに。不安と恐怖で泣きそうだわ。
無力な私は、出来ることを全力で頑張るしかないのに。
「大丈夫!」
そんな私に、エメリナの元気な声が届いた。
いつの間にか俯いていた顔を上げると、膝を擦りむいた子供を抱えたエメリナが見えた。
気付いたが、本部の近くまで来ていたみたい。
不安で前が見えていなくても、慣れた道は自然とたどれていたのね。
「大丈夫だよ! 皆すごいから、絶対勝つもん。絶対大丈夫!」
泣いている子供を鼓舞しているエメリナも、転んだのかボロボロだったわ。
空色の瞳を潤ませて、でも絶対挫けないと顔を上げている。
――ああ、眩しい子。
逆境でも挫けない、俯かない、立ち向かえる強い子。
諦めてなんかいられないと、人に勇気をくれる、素敵な子。
あなたは昔から、そういう子。
親がいなくても。
拾ってくれた優しい老夫婦が亡くなっても。
一部の大人に遠巻きにされても。
へこたれず、顔を上げて、前を見て。
負けるものかと奮闘していける、可愛い子。
ええ、そうね。
エメリナが頑張っているのに、走っていただけの私が挫けていられない。
気合いを入れて、拳を握り直して、顔を上げて――。
「エメリナ!」
「え?」
あら?
熱いわ。
背中がとても――――……。
「アニシア! アニシアッ!!」
エメリナの悲鳴が聞こえる。
あら、あらら? 私これ、知っているかもしれない。
近いのに、大きな声なのに、不思議と音が遠いの。
触れている感触があるのに、握り返す力がないの。
大好きな家族が泣いているのに、慰めることができないの。
私、知っているわ。
この世界に生れる直前に、経験したもの。十八年経ったけれど、忘れていないわ。
覚えているのは眩しい子。強くて逞しい、小さな可愛いエメリナ。
そんな彼女に迫る一匹の魔物。
背後から迫るそれに、私は必死に走って……あら、間に合ったのね? これが火事場の馬鹿力、かしら。多分命の危機より早く動けたかもしれないわ。
……だから、全身が重いのかしら。
ああ、そうか。だから、この感覚。
私、ここで、死ぬのね……?
あらやだ、神様ってばせっかちさん。
あっという間に生き返らせて、あっという間に終わらせてしまうの? 十八年って、長いようで短いのよ?
「うそ、やだ、ダメだよアニシアしっかりして!」
……ああ、でもこれでよかったかも。
私は重い瞼を持ち上げて、ボロボロ泣いているエメリナを見上げた。
あら、あら。あんなに泣かないよう気を付けていたのに。
「エメリナ、逃げて……」
「……! アニシアを置いていけない!」
「私は、いいから、その子を、助けてあげて」
地面に座り込んでびゃあびゃあ泣いている子供。さっきまでエメリナが抱えていた子。
「あなたたちだけでも、生きて……」
私はおばあちゃんだから。
人生二回目だから。
だから、人生一回目の、若い子供達に長生きして欲しい。
ああ、私でよかった。
この子達を守れてよかった。
全身の力が抜けて、私は懐かしい感覚に身を委ね――。
「や、やだやだアニシア! やだ! いやだ! 死んじゃやだ――――ッ!!」
エメリナの絶叫と、白い光が、閉じた瞼を貫いた。
アニシアは、一回目で満足しているので、そこまで二回目に執着していない。




